(手負いの猫みてぇ、) そのつんけんした態度を見た目似ても似つかない動物に例えれば、なぜだかすとんと胸に落ちた。 傷付いてもその目は鋭いまま光を失うことはなく、血を流してもその体は何度だって相手を打つ為に起き上がる。 まるで馬鹿の一つ覚えだと心で笑ってもそれは声になることはなく。 いつも取り巻きを連れているにも関わらず、いざという時は一人でふらっと消えては生傷つくって戻ってくるらしい。 あいつは一体なにがしたいのだろう。 (あーあ、また、酷ぇ傷) 学校帰り、気紛れで車を呼ばずに歩いていたら川沿いの土手下に神崎を見つけた。遠目でもわかるくらいに血の色が白いYシャツに滲んでいた。腹の辺りだろうか、手を添えながらふらふらと歩き出そうとしている。 (あのまま帰んのか?) 夕方でももう陽も落ちようかという時間帯だから人通りも少ないがあの格好で道を歩くのはどうかと思った。きっと、酷い顔をしているのだろうとも思った。 「おい、」 声を掛ければ神崎はゆるりと振り返った。頬に切り傷、目印になっている唇のピアスも引きちぎられたのかそこには無く血が出ている。複数相手に奮闘したのだろうか。 もっと頭を使えばいいのにこいつはいつも単純な肉弾戦を選ぶ。やっぱり馬鹿なのだろう。 Yシャツのボタンも殆ど飛んだらしく前はだらしなくはだけて更に胸辺りにもそれなりの切り傷が付いていた。見たまま血塗れの神崎に羽織っていたシャツを投げた。 「なに、」 「そのままじゃケーサツに職質されんぞ」 「…別に、どーでもいい」 「…あっそ」 体は傷だらけのくせにやはりその目だけは真っ直ぐ此方を睨みつける。 その目は、嫌いではなかった。むしろ血の色のような濁りが無くて綺麗だとさえ思うのだ。しかしだからと言って好きにもなれなかった。神崎の目は、他人の心を見透かすような、そんな色をしているような気がする。 「これ、いらねぇ」 「うん」 「かえす」 「お前の血ィ付いたもん、俺も要らねぇ」 「あぁ?じゃあどーすんだ、」 血を流すくせにペラペラとよく喋るもんだ。 血塗れのYシャツを掴んで頼りない体を引き寄せそのまま神崎の口唇に噛み付いた。 痛みからか動揺からか神崎の体がびくりと揺れる。そのまま強引に口唇を割り舌をねじ込めば拒絶とも喘ぎともとれる声が漏れた。 口の中はどこも血の味しかしなくて何故か泣きたくなった。その瞬間どこにそんな力が残っていたのか神崎に突き飛ばされ後ろによろける。 「ッゲホッ‥はっ、おま、なにッ‥」 「‥さぁ、なんでだろね」 「姫川てめぇ‥!」 「別に、意味はねーよ」 そうだ、別に意味なんてない。ただ衝動的に体が動いた、それだけ。 「なんかお前捨てられた猫みてぇだったから」 それ、とりあえず貰っとけよ、と草の上に落ちたシャツを指した。 「なんだよ猫って、つかいらねぇって言ってんだろ!」 「あ?頑なな野郎だなぁ…どうでもいいからとりあえず着とけ」 「嫌がらせかっつーんだよ…はぁ…今日に限って、こんなの、」 「今日?」 気になって返せば神崎はばつの悪そうな顔をする。なんだ今日って、なんかあったか。 「なんだ?今日がなんだよ」 「なんでもねぇよ。さっさと消えろ、クソリーゼント」 「お前ほんと一回泣かすぞ」 「ハッ、できもしねぇこと言うな馬鹿」 あーあーどっちが馬鹿だ馬鹿。本当によく回る口だ。これ以上の会話は無駄だと思い、そこで切り上げ踵を返した。 背後で神崎が何やら言っていたが無視して土手を登り帰路につく。 視界から神崎が消えてもやはりあの目が頭から離れずにいる。そして衝動的に合わせた口唇の感触も何故かリアルに蘇り気付かず指で自分の口唇をなぞっていた。 (なんか、妙なもんだ) そこに嫌悪感はなく、明日また学校で顔を合わせるであろう神崎がどんな顔をして登校するのか楽しみに思う自分がいる。 神崎が「今日に限って」と言った意味も明日もう一度聞いてやろう。 そう考えて明日がますます楽しみになった。 「昨日?」 「ああ。神崎なんかあったのか」 翌朝、先に登校していた夏目に下調べのつもりできいてみた。あれから帰宅後色々と考えてみたものの、神崎の言った「今日に限って」は皆目見当もつかず今に至る。からかってやろうにも理由が解らなければやりようがない。(昔からそういう類の事には全力なのだ。) 夏目なら或いは何か知っているだろうと踏んでまだ神崎が登校してきていないのをいいことに直球できいてみた。 しかし夏目から返ってきた答えはとても分かり易く納得するに値するものだった。 「神崎君、昨日誕生日だったんだよ」 そこまでしてロマンチックを望んでいたわけでもないのだけれど (確かにあれじゃ嫌がらせ、か) title:9円ラフォーレ |