生きる上で他人の存在なんざどうでもいいのだと。価値があるのは金だけで、そしてそれを不自由なく持つおれは他人よりも優れているのだと、今日もひたすら思い込むのだ(そして確実に軋んでく)

かったるい午後の授業をふけて校門へ向かう。歩いて帰るなんざダリぃから迎えでも寄越すかと考えた。天気だけは良くて空はそれはもうムカつくくらいの青だった。
普段ならば絶対に、見上げたりなんかしないのになぁとふと、校舎を振り返る。何故か屋上が、気になった。
不良校のクセに屋上に人影はない。みんな馬鹿だなぁ。お勉強なんかしても将来なんて限られてるんだぜ。
更に言えば、金さえありゃあなんだって自由なんだ。
だから、おれは。
睨みつけるように眺めていた東側とは逆の屋上に人影を見付ける。フェンスに背を預けて座り込んでいるように見える短い金髪。見覚えがありすぎた。
「神崎、…」
馬鹿で単純で喧嘩っ早くて、それでも東邦神姫の一人である神崎一の姿だと、この脳は瞬時に認識した。
胸糞悪ぃ。気付いてしまった自分に舌打ちする。しかし気付いたからにはもう足は勝手に動き始めていて。
屋上に、一人だけだったように見えた。いつも城山や夏目に加え無駄に大勢引き連れて校内をのさばるあいつが、一人、なんて。
校舎内へ戻り階段を一気に駆け上がっていく。屋上の入り口に着いて、いつの間にか握り締めていた拳をとけば指先が冷たくなっていた。なんで、柄にもなく緊張なんかしているんだか。
扉を開けた先、先ほど校庭から見上げた青い空が目に入る。
そして。
「…よう」
「…何しにきた、モサヌメ野郎」
「テメェに、会いに。」
「んだよ、きめぇ」
思い切り眉を寄せて不機嫌そうな顔を隠さない(隠す方がおかしいが)神崎は思った通り一人だった。好きだと公言しているパック飲料を片手にフェンスに寄りかかり片足は曲げ片足は投げ出し、見た目通り“だらり”と過ごしていたようだ。
「…一人か」
「見りゃわかんだろ」
「城山や夏目はどーした。お前のお守りについに飽きたか」
「…ぁあ?てめぇ死にてーのか」
神崎の纏う空気が少し重くなる。明らかに失言だったと思うがよく回る口は止まらない。
「あーじゃあお前が飽きたのか。ついに面倒になって棄ててきたか。いーと思うぜ」
この口は聞くまでもない愚問までべらべらと吐きだす。こいつがあいつらをどう思っているかなんてそれこそ解りきったこと。自分も知っている、知っているのに、
「あいつらと連んでお前にメリットがあるわけ?つーか役に立ってんのかよ」「夏目はそれでも使えそうだが城山なんて、」
言葉が止まらなかった。
瞬間、腹に衝撃。
神崎の左足がおれの下腹にきれいにはいる。
「ぐッ、…ハッ、」
低い態勢から放たれたとはいえ、喧嘩馴れしている蹴りをまともに受けてみっともなく尻をついた。ああ、怒らせたかとどこか冷静な部分で感じたが、神崎の顔は何故か苦しそうな切なそうなものだった。
「何のつもりか知らねぇが、てめェがあいつらを好き勝手言うんじゃねぇ」

「メリットとか使えるとかそっちのが面倒臭ぇ。あいつらは、そんなんじゃねぇよ」

低いながらも怒りは感じられず、だがそれは耳に残る声。
「は…、そーかよ」
それ以上言葉が出てこない。神崎はあいつらを必要としていて、あいつらだって強要されて神崎についているわけじゃなくて。それはもう、明確な答えだった。隙間は無いのだ、歪みも無いのだ。
ただ、ただ、自分が憧れるだけのその場所は。
「姫川、おまえ」
「なぁ、神崎。おれ金もってるんだよ」「不自由なんてなくてさ、それ目的で寄って来る奴はウゼェのがほとんどだけど、なんだって金で解決できるからさ、」「金があればおれはそれでいいと思ってんだよ」
「…じゃあいーじゃねぇか。」
相変わらず眉間に皺を寄せたままだが、神崎の声は少し柔らかかった。神崎は変なところで鋭い奴だから、もしかしたらおれの言わんとすることに気付いたのかも知れない。
そう思うと誤魔化すなんてのは馬鹿みたいで。

「だけどおれは、お前らが羨ましいよ」

呟きにも似た音で零れた。羨ましい、のだ。独りではない神崎が、夏目や城山が。いつも誰かと居ることが良いとは思わない。金を伝っての付き合いだって完全悪ではない。ただ、こいつとあいつらは一緒に居ることが当たり前であり、その当たり前が羨ましいとおれはそう感じるのだ。
聞こえたらしい神崎は口元を歪ませ呆れたように言う。
「回りくどいんだよ、てめぇは」
やはりバレていたようだ。伸びてきた手がリーゼントをぐしゃぐしゃにしやがるので仕返しにと神崎の頬をつまんでやれば案の定はなせ、しね、あほ、と動かし難いだろう口で暴言を吐かれ暴れられた。
はは、間抜け面だなと笑ってやればてめぇも馬鹿っぽい頭だという。
おれとお前はいつもこうなるなと言えば、おれとお前だからこうなるんだという。
いつものやり取りのようでいつもと何かが違った。
ああ、こいつのお陰でちょっと楽になったとか悔しい気もするが。
「悪くねーなぁ」

言えば神崎は、阿呆かと笑うのだった。


馬鹿にもなれない
(面倒な感情さえ捨てきれないよ)

title:シュロ
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