「好きだ、よ」

神崎に向けて放った言葉。俺は言った自分の声のあまりの小ささに存外緊張しているのだと知る。聞こえているだろうに、神崎はこちらに背を向けたままだ。
なんか言えよおい。
自分からほんの少し離れた位置にいる相手に内心で毒づく。屋上に訪れた沈黙がとても耳障りだ。肌を撫でるような緩い風の音だって五月蝿い。
「ばーか。」
何時もの調子で神崎は言ってようやく此方を振り返った。口元には笑みが浮かんでいた。その笑みはいつもの人を小馬鹿にしたものではなくむしろ自嘲のように映る。
てめぇ阿呆か、頭沸いたのか、意味わかんねぇ、キモい、しね
いつもと同じ類の言葉が返ってくるだろうと思っていただけにばーか、の一言だけとは拍子抜けだ。しかもそんな顔をされるなんて予想外もいいところだ畜生。否定するでもなく、まして肯定でもない。
こいつは諦めている。ただ単純に諦めている。
「チッ‥、かんざき」
「姫川てめぇ今舌打ちしたろ」
「俺の今までの人生とか将来とかゲイだって周りに吐かれる覚悟とか色んなものを懸けちゃった告白の答えは?」
「だから、ばーかって言った」
「それじゃイエスともノーともとれるだろうが、このツンデレ」
「おまえ死ねよ」
「‥かんざき」
「だからなんだ」
「おまえさぁ‥おれのものになれよ」
弱くないのは知っている。だけど強くないのも知っている。ああ俺だって同じようなもんだけど。
それになんか危なっかしい。
ひとりにしておけない。
放っておけない。
なぁなんでさっき微笑ったの

愛する愛される好きになる好かれるをこいつはどこか諦めている節があるように思う。
きっと言葉だけじゃこいつには伝わらない。ただ、言わずにはいられない。
言葉の頼りなさを神崎は知っていて、だから微笑ったのかも知れないが引き止める術はいつだって言葉だ。きっと神崎は独りを恐れている。
俺がいるよ、いてやるよ。我が侭で暴力的で子ども舌なお坊ちゃんだろうが俺がてめぇの側に、隣に、いてやるよ。
「好きだよ、神崎」
2度目の告白ははっきりと、声も震えることはなかった。
「‥おまえ、やっぱばかだな」
そう言って神崎はやっぱり微笑った。今度は泣きそうな顔だと思った。
手を伸ばして引き寄せた体はとても冷たかった。


全てを知るなんて到底無理なのにね

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