煙り一筋

彼は縞の着物に、似合わない帽子をしていつも澄ました顔で往来に面した縁側に座っている。
彼の口から空へ上がっていく紫煙が吐き出されていた。格好付けてやがる。そう思って自分は往来を眺める彼の眼前に立ち塞がった。「邪魔だ、どけよ」と彼は眉をひそめた。「毎日毎日仕事もせず女を物色して楽しいか」自分は意地悪く彼に尋ねた。しかし彼は取り澄ました顔のまま「お前こそ毎日部屋に篭って文字ばかり見ていて楽しいかい。よっぽど女を見ている方が楽しいじゃないか。俺は女には限らないが」憎たらしい口を叩いた。
自分は物書きになったのだ。子供の頃から彼は澄ました餓鬼でいつも周りの子供を見下していた。自分はそれが悔しくて彼を見下すために物書きになったと言っても過言ではない程だ。物書きのように頭の良さそうな仕事をして彼に勝ちたかったらしい。だのにまだ彼は自分を見下した発言をするのだ。「文字は女よりも素晴らしいんだ。女に限らないとはなんだ。仕事でもしているのか」続けざまに問い掛けると紫煙を燻らせて彼は苦笑した。「たとえばお前みたいな物好きな男を見たりとか、格好のいい帽子を被っている奴を探したりとかな、しているよ」そう言って笑った彼の顔をなんと言い表せばいいのか一寸分からなかった。彼が通り掛かった金魚売りとの話に夢中になっている間に自分は帰ることにした。家に帰ったら彼の話を書こうと考えた。彼のことを詳しく書いて優越感に浸りたかったのかもしれない。要は彼に昔から憧れていたのだ。
机に向かい『高杉という男は格好を付けた厭味な男であった。』と出だしを紙に書き付けてから、ふと彼のあの何とも言えない表情を思い出した。そして『厭味な』の後に付けたしをした。『しかし正直で素直な男であった。』
彼のあの表情が忘れられない。本当は、澄ました顔を取り繕って憎まれ口を叩いて女を連れ回して、しかし拭えない焦燥感を抱く彼の心持ちを随分前から知っていた。しかし自分はそれでも彼に勝ちたかった。彼は憧れであった。
今日も彼はあの縁側で煙を立ち上らせながら似合わない帽子を被って往来を眺めているのであろう。







分かりにくいが、いいのである。


(101211)





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