PINKの首

あ、土方さん。と背後で呟いた声が聞こえてわずかの逡巡のあと、そのまま歩きだすと隣に誰かが並んだ。
「おはようございます」
聞き慣れた声に隣を見遣れば近藤さんの想い人がいた。
「おはよう、ございます」
どう話していいか見当がつかず、ぎこちない喋り方になった。彼女は寒いのか手を擦り合わせていた。首に巻かれた桃色のマフラーがよく似合っている。何も巻かれていない自分の首が急に心許なく感じられて隊服のスカーフを引っ張り上げた。沈黙が重い。なにか言わなければ、と頭の中を探るが何も話題は浮かばない。
「…近藤さんは、どうだ」
口から出たのはなんとも気の利かない文句だった。ストーカーされている男の話などしたくないだろうし、答えは分かっている。
「ええ、相変わらずで。いい加減他に見つけて欲しいわ」
苦笑する彼女に返す言葉が見つからなくて、寒いな、と呟いた。彼女も、そうですね、と呟いた。
「わたし、ここを曲がります」
彼女が角を指差して言った。送っていくのも面倒で、気をつけて、と頭を軽く下げた。角で立ち止まった彼女に背を向けると、ふわりと首に何かが巻き付いた。驚いて振り向くと彼女が微笑しながらピンクのマフラーを手早く首の後ろで結んで手を離したところだった。
「これ…」
まだ彼女の温もりが残っているそのマフラーに戸惑いを覚える。
「道場まではすぐなんで、貸してあげます。土方さん、見回り寒いでしょう」
彼女は軽く頭を傾けて言った。首の暖かさに突っ返すのも躊躇われてそのまま彼女を見つめる。
「土方さんなら良かったのに」
彼女はそう呟いて背を向けて歩き出した。まだ、礼を言っていない。
「あ、おい、」
呼び止めようと声をかけたが、どう呼べばいいか分からなかった。志村さんかお妙さんか、呼び捨てにすべきか。出かかった言葉が喉に引っ掛かって口をだらし無く開けたままだった。
「妙でいいです、お妙」
幾分遠くなった彼女が前を向いたまま言った。なんだか妙に恥ずかしい心持ちがした。
「ありがとう、返しに行く、お妙」
お妙は振り向かなかったが歩調が僅かに早くなった。首が暖かい。自分もなんだか早足になってその場から退散した。


(101210)





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -