図書委員長:薙沢律の場合ー8





「最近ここによく来るの?」

「ああ、たまにだけど」

「図書室ってみんな来ないから落ち着くよね」


いつも一人で過ごしている空間に、今は律と一緒に人一個分の隙間をあけて座っている。


「ここで新しく入った本とか、奥の方から引っ張り出したやつとか読むのが好きなんだ」

「本当に本の虫だな」

「あはは。そうかも」


朗らかに笑う。
柔らかな空気に当てられたせいか、また脳内で再生ボタンが押された。


『お前は、αの人間に絶対心開かないだろ?』


蘇る言葉にキシリと胸が音を立てた。


「なぁ…」

「ん?」

「もし、さ…」

「もし?」


くるっと、瞳の中の光が回る。


「、いや…、やっぱなんでもねえわ」


何を言い出そうとしたんだと、弓弦は頭を横に振った。


「…、―――悩み事?」


数秒の沈黙を空けて、慎重に言葉を選んでいるかのように律が口を開く。


「そう、なのかもな」


視線を横にずらして、悩み事なのかすら分からないモヤモヤを吐き出す。


「そっか」

「…」


ずらした視線をゆっくりと彼に戻せば、やんわりとした笑みを向けられた。酷く優しい表情に、じわりと内側に何かが染みた。


「でも、押切なら平気だよ」

「なんで、そんなこと言えんだよ」

「だって押切だもん」


へにゃっと、根拠のない言葉で言いきられてしまい、どう否定していいか分からず口を噤んだ。


「…、お前から見た俺ってどんな?」


そして、普段だったら聞かないであろう質問がするりと口から抵抗なく出た。


「真面目な奴、かな」


ぽつりと漏れた一言に「…、」と小さく唾を飲む。


「陰でちゃんと努力してる人」


今度は、律自身が納得して言葉を吐いたように思えた。


「んなのわかんねえじゃん」


すぐに弓弦は否定を口にした。


「分かるよ。見てれば」


そして同じくらいのスピードで、否定を否定される。


「それ、なんの根拠もねえだろ」

「言い回しとか、表情とか、間とか、大体そういうのに人間性って滲み出るもんだよ」


だから、押切が口だけじゃないって分かってるよ、と律が笑う。
αの人間に絶対心開かないだろ。
また、細川に言われた台詞が浮上した。
彼らはαでも、βでも、Ωでも、目の前の人間を人間として見たのかもしれないと、そんな可能性が先ほどよりも色濃く脳を支配した。


「じゃぁっ…」


堰を切ったように、喉が痛いくらいに熱くなった。毒を吐き出すように音を吐き出す。
自分は何を言い出そうとしているのだろうと、頭の端の端の方で冷静な自分が呟いたがすぐにそれは胸に上った熱さによって消え去られてしまった。


「お前は、俺がαじゃなかったとしても同じこと言えんのかよっ…」

「…」


言いきった熱さが目元にまで上って、じわりと瞳に膜を張った。
無言の時間が怖かった。
しかし返答はない。
恐る恐る視線の高さを上げて、一個空けて座る律を見た。
そこには変わらぬ奴の姿がある。


「…」

「…」


お互い無言で見つめ合う。
静かな瞳だった。
笑うことなく真面目な顔で律が「うん」と頷いた。


「言えるよ」

「嘘だ」


そんなの嘘に決まってる。
俺が、αじゃなかったらっ…


「じゃあ、俺に抱かれてみる?」

「え?」

「そしたら、今そこにある苦しさは少し緩和されるでしょ?」


まるで全て分かっているような言葉で悪魔のように律は弓弦に甘い言葉を告げた。
彼の体格では椅子一個分の距離など、取るに足らないものだったようで腕が伸び感覚的な距離がすぐに縮まった。


「ね、どうする?」


下から覗く端正な甘い顔。
伸びた手は頬に沿わされ、律へ顔を近づけるように誘導される。誘う様に長い人差し指が弓弦の耳をやんわりと揉んだ。


「俺に抱かれなよ」


どこか危険な色香を滲ませた男がゆったりと微笑んだ。



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