図書委員長:薙沢律の場合−3




「俺には言えないこと?」


しかし、彼に一切のふざけた様子はなく真剣な面持ちをしていて、呼吸を一時的に停止させられる。

(ッ〜、なんなんだよ)

この前の一件から何かが満田の中で変わったのか、どうも彼は以前の寛容さだけというわけではなくなったように思える。これまでと違って、自分のペースを乱される。


「押切」

「別に、わざわざ言う必要もねえってだけだよ」


やはりまだ心の整理がついていない弓弦に、彼を直視することは困難で瞳を横に逸らした。


「じゃあ、言っても問題ないよね」

「〜、」


しかし目を逸らしたところで正面から来る圧は変わらず容赦がない。横目で見えてしまうのが控えめに言って最悪だ。


「ただ、…、昔の夢を見ただけだ」


結局弓弦は口を割った。ばつの悪そうな顔でぼそっと呟く。


「昔の?」


先程まで怖いくらいに真っ直ぐだった瞳が、意外という風にきょろっと動く。


「そうだよ」


もう良いだろ、とぶっきらぼうに告げて弓弦は乱暴に満田の手を払った。それから満田から距離を取る様にソファから腰を上げ立ち上がる。


「これから文化祭の打ち合わせだろ。そろそろ会議室行くぞ」

「…、はいはい」


弓弦の言葉に、満田が優しい顔をして諦めたように頷いた。それは彼の以前からある寛容さ。だけど、これまでの関係とは違う寛容さでもある。
だから弓弦は、それを見て見ぬふりすることで、どうにかこれまでの関係を繋いだような気にさせて自身を安心させた。








〜なので、〜〜〜で、〜〜〜に。

昼休みに見た夢が影響しているからなのか今日は何故か会議が身に入らず、右耳から入った内容が左耳から抜け出ていく。パラパラと資料を捲り、身が入らない会議を聞いているふりでやり過ごしながら、弓弦はぐるりと会議室に集まったメンバーを盗み見た。
生徒会をはじめ、放送、美化、風紀、文化、広報の各委員長と副が揃っている。学級委員の各学年の代表も参加と、なかなか大きな会議。メンバーがメンバーだからか勝手にこれまでのことを思い出してしまい、弓弦は若干顔を顰めた。
チラリとだいぶ離れた斜め左側に座っている男に視線を定める。
盗み見たつもりが、ばっちりと目が合った。「ん?」と言っているように宮藤の頭がわずかに動いて、弓弦は「なんでもねえよ」と言外に伝えすぐに視線を外した。

今日は本当に身が入らねえな。

現在司会をしている満田の声を耳に入れながら、弓弦は「はぁ…」とばれない程度に溜め息を吐いた。資料を捲るのも飽きて、もう一度会議中のメンバーへと目を向ける。
普段とは若干違う真面目な顔つき。
机に頬杖をついてさり気なくその中の一人である班目を眺めた。
小学生の時と同じ顔とは言えないが、面影をだいぶ残して成長した。あのときの可愛らしい悪戯をするようには見えないが、似たようなことはやらかしそうな顔。
随分と、離れた場所に辿りついたもんだなと爺みたいな感想が浮かぶ。
じーっと見ていたら、奴の目がこちらに向きかけてドキッと心臓が跳ねた。


「それでは、今日の会議はこれで終わりにします」


しかしタイミング良く満田から会議終了の合図があり、班目の瞳がこちらを向くことはなかった。ホッと一瞬のうちに安堵する。
安堵はしたものの、会議の内容は一ミクロも頭には入っていない。いつの間にか会議は終盤どころか終了を告げたなんて、本当に今日は集中力が欠如しているようだ。
あとで伊織に聞くしかねえか、と班目から視線を外し弓弦は嘆息した。
ぞろぞろと会議室から人が減っていく中、会議の資料をトントンっと机の上で整えていると、「押切」と隣から声を掛けられた。


「あー?」


満田の呼応に語尾を伸ばして返事を返す。資料からゆっくりと視線を彼へと向けた。


「お前、本当に平気?」


何かを探るような瞳が俺の顔を覗き込む。


「問題ねえよ」


はじめ、何の心配をされているのか分からないまま言葉を返す。それすらも質問をした満田には分かっているのか再度「本当に?」という確認をされた。
確認されたことで、意識がそぞろになっていたことがバレていると分かり、弓弦は表情を崩し苦く笑った。


「本当に」


満田の言葉を疑問符を抜いて繰り返す。


「…、あとで簡単に説明するから時間とってね」


納得しているのかしていないのか、はっきりしない表情を浮かべ、若干の間を空けてから満田は返答を紡いだ。言及することはしない配慮が透けて見えた。
やっぱりこいつは優秀だわ、とたぶんどうでも良いことを思う。



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