図書委員長:薙沢律の場合ー2




「…、は?」


それから杉本が目を見開く。


「、……―――久しぶりだな」


最後に細川から数秒遅れてご挨拶を頂いた。
三者三様の反応を見せつつも、全員が共通して驚いている様子に苦笑を浮かべる。


「見ない間にだいぶ阿呆面になったな」


普段の憎まれ口を叩いて、小馬鹿に笑えば阿呆面がさらに阿呆面になったのは少し面白かった。


「…、おかえり」


一番はじめに呆けた顔から普段に戻ったのが満田で、奴はスッと息を吐き変わらない笑顔を浮かべ出迎えの言葉を口にした。たぶん、自分が思っていたよりも目の前の男はだいぶ胆が据わっている。


「ああ。で、仕事溜まってるか?」


そして、たぶんそれは自分にも言えること。そのままをいつも通りの態度で受け取り、今確認すべきことを尋ねた。


「いや、そうでもないよ。大事な会議が控えてるくらいかな」


いつも通り。
普段通り。
当たり前のように以前の光景が戻ってくる。本当に何事もなかったかのように。


「そうか、分かった」

「資料はこれ。あとはいつも通り」


はい、と渡されて「ありがとう」と受け取る。自然すぎるくらい自然。あの時の揉め事は綺麗さっぱりなくなったみたいだ。

俺がαだったら…―――

また繰り返され始めた思考に、嘲笑をする余裕はなかった。
自分の結果がαだったらという思考は無駄だと分かるのに、やはり望むのだ。いつになっても、どう足掻いて、どう功績を積んでも。
何度も。
何度も何度も繰り返す。
終わりのない、自分の性への嫌悪。

そうだ。
そう。

誰よりもこの性を憎んでいたのは、忌むべきものだと思っていたのはたぶん自分だ。
今日見た夢はもう全部過去のことで、性が確定される前のあれはもう戻れない泡沫。今の俺が築いてきたものはこの生徒会。もう、あいつとふざけることもないし、笑い合うこともない。
きっと周囲からしたらαだとかΩだとか、本当は関係ない話だったのだろう。けれど自分はそう思えなかった。今でもそう。だから、きっと自分たちはあの日から交わらない道にいる。ただそれだけ。それだけの話だ。
隅へと追いやった思考がいつの間にか弓弦の頭に染み出して占拠していた。そのせいで、前触れもなく満田の腕がにゅっと伸ばされ反応するのが遅れた。目元に満田の手が触れる。


「、…!?」


思わずぎゅっと瞳を瞑って、それから恐る恐る弓弦は目を見開く。


「なんかあった?」

「は?」


理解よりも早く言葉が口を突いて出た。


「上の空って感じ」


かちりと瞳と瞳がかち合った。身体がぴしりと凍ったように固まって、動きを忘れる。


「、…。なんでもねえよ」


それからゆっくりと思考が溶けだして、弓弦はふいっと顔を反らした。満田から距離を取り半分しか食さなかった弁当をビニール袋ごとゴミ箱に捨てる。
あの時の俺は、ああするしか出来なかった。
だから、別に後悔なんかしていない。
ただ、ちょっとだけ悪いことをしたような罪悪感が生まれてしまっただけだ。
あの時はごめんと謝るのは、今の自分にはどうにもハードルが高くて出来そうにない。










「やっぱりなんかあったでしょ?」


放課後になり、会議に出向く直前の生徒会室で満田から唐突に言葉を頂いた。


「は?」


ソファに腰かけ資料に目を通していた弓弦は、反射的に顔を上げる。
今生徒会室にいるのは、満田と弓弦の二人だけだ。


「昼休みの」

「だから、なんでもねえって」


短く告げられた言葉に、何の内容なのか思い当たって否定を口にする。再び視線の先を資料へと戻した。


「ふーん」


微妙な返答。
若干違和感を覚えつつ言及せず流していたら、満田がソファのひじ掛けに腰を下ろした。そして反対方向を向いた弓弦の顎を掴みぐいっと自身の方を向かせる。


「っ。な、にすんだよ」


気配を察知したのとほぼ同時に起こった事態に身が強張る。



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