題名のない部屋
ミロと女聖闘士
「やばいやばいやばい!やばいよカミュくん!」

少し裏返った私の嘆きに、カミュくんが顔をあげる。持っていた本を閉じた彼はどうした と首をかしげた。

どうしたもこうしたもない。
やってしまったのだ。

「わ、わわわ私、あんなに頑張って聖闘士になったのに!」
「ああ、よく知っている」
「み、見られちゃった!!!」

ああ、涙が出てきそうだ。
なんでこんなことになってしまったのだろう。
カミュくんはゆっくりと目を見開く。じわりじわりと実感が身体を襲った。

「見られた、だと?」

咄嗟に肯定の言葉がでなくて深く頷く。涙が滲んで頬を濡らした。
カミュくんは私の幼馴染み。つまりもう顔は見られているわけで、彼の前では仮面をしていない。だから、泣いているのもばっちり見られている。

「あ、あのね、新しい技を試してたら身体もたなくて吹っ飛んじゃったの。その時に仮面が外れたみたいで……近くにいた人に見られて………っ」
「落ち着け」
「ど、どうしよう。こここ殺さなきゃ……!!」
「いいから、落ち着け」
「でも、私、殺せるのかな!?わ、わたしっ」
「名前!」

カミュくんが頭をぽんぽんと撫でてくれた。混乱していた頭が落ち着いていく。
今ここで焦っても仕方がない。

「いいか?落ち着け」
「う、うん……」
「で、だ。…………誰に見られた?」
「あ………」

名前を紡ぐことが怖い。
だって彼は私より遥かに強いもの。殺すことなんて出来ない。

なら、愛さなくてはならない?
まだ初恋もまだなのに。このまま、清いままでアテナ様に仕えたかったのに。

「や、やだ……っ」
「いいから、名を言え」
「こ、こわ、いっ」
「私がいるから」
「っ……!!!」

カミュくんの一言がとても心強い。私は躊躇いを振り払い、口を開く。
大丈夫、カミュくんがいる。


「す、蠍座のミロ……様」


カミュくんの目から光が消えた。そしてゆっくりと逸らされる。
その口からは小さく「ああ」という感嘆とも溜め息ともとれる呟きが聞こえてきた。

「ちょ、ちょっとカミュくん!」
「それは確かに勝てないな」
「カミュくんも一緒に…!!」
「流石に友を討つことはできない」
「裏切り者!!!!」
「いいんじゃないか?愛してやれば」
「い、嫌だよ!」
「それはひどいな」

カミュくんはまるで他人事のように肩をすくめる。でも事実他人事なので唸ることしかできない。

ミロ様がカミュくんと仲がいいのは知ってるけど、私と彼の接点はない。遠くに姿を見たり、噂話を聞いたことぐらいしかない。どんな人かなんてよく知らないし、それなのにいきなり「愛する」とか絶対私には無理だ。

かといって相手は黄金聖闘士。白銀の私が勝てるわけがないのだ。

「ど、どうしたらいいの!?」
「すまないな……力になれそうにない」

カミュくんは申し訳なさそうな顔をしているが、私としては少し考えてくれただけでも十分だ。
私は小さく頷き、拳を握った。
ひ、一人で殺らなきゃ。

殺らなきゃ………!!!!


「おーい、カミュー!」
「ぎゃああああああああああああ!!!!!!」


ああ、どうして女神様。
なんでここに、いや、なんでこのタイミングで彼が来るのですか。

片手を挙げながら軽く挨拶をしてこの書斎に入ってくるのは蠍座のミロ様。私が顔を見られた相手で、カミュくんの友人。

もうダメだ。殺らなきゃ。
できるはずだ隙さえつけば!
それに今彼は聖衣をまとっていない。逆に私はさっきまで鍛練をしていたため聖衣をつけている。
チャンスは今しかない!

「し、死ね………っ」
「ああ?なんだお前は」
「すいませんミロ様お許しをおおおおおおおお!!!」

拳を構えた次の瞬間土下座した。圧倒的に小宇宙の質も量も違う。聖衣とかもうそういう次元じゃなかった。元が違うのだ。

ダメだ……。無理だ、私では無理だ。
殺そうとしていたんだ、土下座ごときで許してもらえるだろうか。指一本、いや、腕ひとつ……。なんでもいい。命じゃなければ差し出そう。

もし許してもらえたら彼を愛そう。
近くで見たらなかなかかっこいいじゃないか。大丈夫。これなら愛せる。それにカミュくんの友人なんだ、悪い人ではないだろう。

その為には、まず許してもらわなきゃ。

「お前もしかしてさっきの白銀の聖闘士か?」
「え、あ、はい……。あ!さ、先ほどは私の不注意でご迷惑をおかけしてしまい………」
「お前、仮面は?」
「え?」

ミロ様の言葉に思わず自分の顔に触れる。
しまった。つけてない。
そうだ、カミュくんの前だったからつけてなかったんだ。
油断していた。聖闘士としてあるまじきミスだ。

し、死にたい。

「あ、あの、あの、こ、これは……!!」
「ふーん」

私は自らの顔を両手で覆う。二度も見られた……。聖闘士としての誇りなど、もうボロボロだ。

ミロ様は私の目の前にしゃがみこみ、こちらをじーっと見つめてくる。
背中と額と手のひらに冷や汗が滲んだ。

「オレに顔を見せたな」→「オレを殺す気か?」→「ならば先に息の根を止めてやる」
これだ。このルートだ。
私、殺されるんだ。

どこの誰とも分からない奴に殺されるより、ましだと諦めよう……。黄金聖闘士に殺されるなんて、光栄の至りじゃないか。

「なあ」
「は、はいっ!!」
「オレに顔を見せたってことは」
「ひいっ……!!」

ああ、去らば我が友カミュくんよ。助けてくれなかった君に恨みを持って、宝瓶宮に化けて出てやる。


「オレのこと愛してくれるのか?」



……………………は?



「だってあれだろ?なんだっけ、女聖闘士は顔を見られたらその相手を殺すか愛すか……。黄金聖闘士のオレを白銀のお前が倒せるとは思えない。ならば、お前はオレを愛すしかないよな?」



……………………………………………………は?



私はゆっくりと顔をあげ、カミュくんに視線を送る。カミュくんは死んだ魚のような目をしていた。その口は小さく「すまない、バカなんだ」と動く。

え?そうなの?
ミロ様って、そういう方なの?
というか、カミュくんが悪態を吐くって相当なんじゃ……。


「あれ?でもカミュには見せてるな。カミュの妻か何かか?」
「え、いや、あの、カミュく………カミュ様とは恐れ多くも幼馴染みでして、顔を知られているため見せてしまっているのです……」

ミロ様は合点がいったように手のひらに拳をついた。

「じゃあ、愛してるわけではないんだな?」
「え、ええ!もちろん!!!そんな、不躾なことは思えません!!」
「では、愛してくれるのだな」
「………………はい?」
「オレを、愛してくれるのだな?」
「え、あの」
「違うのか?」
「いや、えっと」
「では戦うか?」
「そそそそれは無理です!!!!」
「ならば愛してくれるのだな?」
「……………………」

あ、これ、どうにもならないやつだ。
ミロ様の瞳は真っ直ぐ私をとらえている。この人は真面目に言ってるんだ。


「もう一度聞くぞ?」
「はい……」
「オレを愛してくれるな?」
「…………………………は、い……」


私の返答にミロ様は満足そうに笑顔を浮かべた。

「おお、よかった!!」
「は、はい……」
「オレはお前に一目惚れをしてしまってな!惚れた女と殺しあいなんてしたくなかったんだ!ああ、よかった!」
「それはよかったですね………………………………ん?」


え、待って、今、この方、何を、言って……?

意味を教えてほしくてカミュくんを見ると、すでに彼は読書を再開していた。
えええ…………。カミュくん私を見捨てないでよぉ………。

「えっと、お前名前は何と言う?」
「名前です……」
「ああ名前か。これからよろしく頼むな!」
「え………?」


本を読んでいたカミュくんが「お幸せに」と呟いたのが聞こえた気がした。

お幸せにって………そんな、バカなぁ………。

戻る
Back to top page.