題名のない部屋
竹谷八左ヱ門と夢
※転生



「やばいよ久々知くん」

「え?どうしたの?」


ぼそりと呟いた私の一言に隣の席の久々知くんは顔を上げた。その手には「豆腐大全」なんて意味のわからない本があり、思わず吹き出しかける。ほんと、こんなにかっこよくて頭もいいのに豆腐大好きとか、流石にギャップ狙いすぎだよ。というか、それを狙ったわけじゃなく、ガチでやっているのが面白い。

いや、今は笑っている場合じゃないし、私にとっての久々知くんの話をしている暇はない。してしまったけれど。


「私、夢を見たんだ」

「夢?」

「うん。それがちょっと怖くてさ」


私は真剣に話を聞いてくれる彼に夢の話をしてみることにした。

昨日の私はなんの事件もなく平和に寝床についたのだ。
そしてちょっとだけ携帯をいじって、今日も楽しかったなーなんて考えて。それだけだ。私は夜更かしをする方じゃないから、日付が変わる前には瞼を落としたし、多分その後すぐに寝たと思う。特に寝苦しいこともないし、宿題だってやってある。気がかりなことなんてない。

私はその日、夢を見た。

夢自体は珍しくない。そりゃあ私も人間だ、夢ぐらいは見る。

でも、その夢が問題なのだ。


「私、誰かの首を絞める夢を見たの」


え、と久々知くんは呟き、ぱさりと本を落とす。もしかして怖い話? と聞いてくるがどうだろう。夢なのだ。一応。だから怖い話ではないはず。怖かったけれど。


「状況はよく分からないんだけど……、でも夢の中の私は確実に誰かに馬乗りになって首を絞めていた。感覚もあってさ、手のひらを相手の脈が跳ねて、めちゃくちゃ気持ちが悪いのに手が放せなかったし、それどころかもっと強い力で締め付けて、あれは絶対に殺す気だった、私はその人を殺す気だったの」


相手の息は絶え絶えで、それでも彼は小さく何かを呟いた。


「"お前は立派だな"」


それは、私が言った言葉ではなかった。でも、確かに夢の中で聞いた言葉。言ったのは目の前にいる久々知くんだ。
私は訳が分からなくて何も言えなくなった。


「俺の言葉ではないのだ。俺じゃない。でも、確かにこの言葉を言ったやつがいるよ」

「待って、久々知くん、なんで、知ってるの……?」

「なんでって、本人から聞いたからだよ」

「ほん、にん……?」


なんのことだかさっぱり分からない。彼は何を言ってるの?

でも、何かが引っ掛かっているような感覚。
私も、これが誰の言葉か分かってるってこと?
じゃあどこで聞いたの? 夢の中? だからそうじゃない。夢の中で聞く前に、どこかで聞いている。どこかってどこ。


「名前が殺したんじゃん」

「待って…………私が?誰を殺したって………?」

「名前が好きなやつ」


は?
私が、好きな人?
おあいにく様、まだ初恋もまだの身なのに、好きな人を殺すって意味が分からない。
じゃあ何言ってんのよ、久々知くんは。
意味わからない。
わからないのに、私の唇は言葉を紡いだ。


「あれは、仕事で……!!私がやらなきゃならない仕事で……!!」

「なら、後ろから一撃でしとめればいい。なんでわざわざ馬乗りになって首を絞めて殺したの?」

「それは……!! は……、が……!!! ………あ、れ?」


名前があったんだ。
そう「あいつ」が言ったの。
「死ぬなら名前の顔を見ながら、その手の中で死にてぇ」って。だから私は首を絞めた。「あいつ」より私の方が死にそうだった。だって好きだったんだ。大好きだったんだ。

名前が、出てこない。
紡げない。
なんで。
なんでなんでなんでなんでなんで。
これは罪なの?


「「あいつ」の願いを……叶えたかったの………!!」

「うん…………好きだったんだもんね?」

「そう………「あいつ」が好きだった。そして「あいつ」も私を好きでいてくれた。でも、三禁なんて掟に縛られて」


思いを伝える前にバラバラに就職して。それからはシナリオ通りだ。
凄腕の忍者として名を馳せた「あいつ」を疎ましく思った城主が、私に暗殺を命じたのだ。

実際は暗殺なんて綺麗な殺しは出来なかったけど、結果は同じものになったから私にお咎めは無かった。でも、生きていけるわけがなかった。
私はそっと城を抜けて、裏々山で身投げした。きっとひどく惨めな死体が見つかったことだろう。

そして私は、また生まれた。


「くく、ち……くん……!!」


この現代に。
ああ、なぜ気づかなかったのだろう。よくよく見たら目の前にいるこの久々知兵助、前世でも仲がよかった友人じゃないか。あの時からずっと豆腐が好きなんだな…。


「やっと思い出したね」

「ねえ久々知くん」

「うん、分かってるよ」


彼は携帯を取り出した。
そっか。「あいつ」もいるんだ。ショックすぎて、名前も顔も思い出せないけれど。でも、好きだった。
それは今も変わらない。



「名前!!!!」



名前を呼ばれた。
あの声だ。
目の前で久々知くんが笑っている。手にした携帯をこちらに向ける。そこにはLINEの画面が映っている。そっか、そっか。連絡を取ってくれたんだ。
周囲のクラスメイトたちはどうしたどうしたとこちらを向いている。中には尾浜くんもいて、彼はニコニコ笑ってこちらに手を振っている。
まだ朝のHRまで時間はある。だからまだいっぱい話せるよね。
とりあえず君に謝りたいの。

"立派だな"って君は言ってくれたよね。でも私は君のいない世界じゃ生きていけなかった。君の意思を無視して、すぐ死んじゃった。ごめんね。ごめんなさい。
殺したことは謝らないよ。だって謝ったら君は「検討違いだ」って怒るでしょ?私も検討違いだと思うよ。そういう世界で生きてきたんだもんね。

それからね、好きだって言いたい。あの時は掟に邪魔されたけれど、今は「平成」の世界だもん。もう誰も邪魔しないよ。どれだけ言っても咎められないよ。
すごいよね。これってすごいことだ。

あの時君を殺して私も死んだのは、この世界で幸せになるためかもしれないね。
神様は優しいね。



「ずっと、会いたかった…!!」



後ろからがばりと抱き締められる。違うの、こうじゃない。
私はその腕を振り払い、振り向く。そこには両目を見開いた「あいつ」がいた。

ああ、今のはそういう意味じゃない。ちゃんと顔が見たかったの。だから、泣きそうな顔しないで。




八左ヱ門。




「八左ヱ門……!!!!」


私は両手を広げて彼に抱きつく。誰かが口笛を吹いたけど、多分尾浜くんだ。だって他のみんなは何が起こったのか分からないって顔をしているもん。

なんで顔も名前も思い出せなかったんだろう。
竹谷八左ヱ門じゃん。そうそう、こんなボサボサな髪の毛してさ。ああ、覚えている。


「八左ヱ門八左ヱ門!!!」

「名前…!!本当に思い出したんだな!!!」

「当たり前だよバカぁあ!!!!なんであんたは不良なんかになってんのよ…!!!」


竹谷八左ヱ門と言えば、この学園で有名な不良だ。思い出す前もなんとなく存在は知っていた。


「そりゃあお前、兵助から「名前がいる!」って連絡貰ったのに、なんも覚えてないんだぜ!?ムカつくだろ!?ムカつくよな!?」

「う、ご、ごめんなさい…!!」


八左ヱ門は私の両頬をぐにーっと手のひらで潰す。これは何も言えない。


「ったく………」


八左ヱ門は手を離すとじーっと見つめてくる。それから はぁ とため息を吐いた。どうしたんだろ、らしくない顔。


「八左ヱ門……?」

「名前…………」

「え、う、うん」

「好きだ」

「え!?」


このタイミングでのいきなりの告白に言葉が出ない。そんな私を何だと判断したのか、八左ヱ門はニヤリと口角を持ち上げ、私の顎を掴んだ。


「ちょ、は、ち……っんぐ…!!」


クラスメイトの女子がキャーッと声をあげる。それをしたいのは私だ。

だって待ってよ、なんで私いきなりキスされてるのよ。
つーかこれはキスじゃない。確実に噛みつかれている。口に噛みつかれている。狼にでも食べられている気分だ。


「んっ、はち…!!ま、待って、へ、んっ……!!へんじ、させて……!!!」

「はあ…?返事?なんで返事?」

「な、なんでって………」

「お前が先に言ったんだろ?俺に、好きだって」

「はああ!!??」


いつ! と聞こうとして思い出した。

そうだ、した。
告白した。
したじゃん。
八左ヱ門の首を絞めてる時。彼の死に際ギリギリ。好きだって、言ったじゃん。これが最後だと思って。
そしたら八左ヱ門は苦しいはずなのに、口を動かしたんだ。多分あれは「俺も」。音は乗らなかったけれど、ちゃんと届いた。


「ちゃんと返事したかったけどさぁ、なんも言えなくて」

「でも、届いてたよ…」

「俺がスッキリしねぇの!」


そう言って彼はまた私の唇に噛みつく。歯が立てられている少しいたい。でも、こんなの八左ヱ門に比べたら失礼だよね。


「じゃあもう、離れ離れにならないようにしなきゃね」


私は八左ヱ門の手のひらに自らの手を重ね、指を絡めた。彼は「だな」と笑ってくれた。

ねぇ、もし離れ離れになったら今度は殺しとか、忍務とかそんなの関係ないからさ、ただ愛を告げて。そしたらまた出会える気がするの。

うん、でも、一番は離れ離れにならないようにずっとずっと繋ぎ止めてくれることかな。

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