題名のない部屋
心配される紫原の彼女
「ねぇ、あんたさぁ」

一日の授業が終わり、鞄を片付けていると小学校から仲のいい親友が声をかけてきた。どうしたの?とそちらを見ると、彼女は複雑そうに目を背ける。

「あんた、紫原と付き合ってるってマジ?」
「え…?」

確かに私は紫原くんと付き合っているが、そんな話どこから。噂にならないように行動しているのに。
陽泉高校はカトリックの学校だから、一応[恋愛禁止令]というものがあるのだ。男女共に貞節を重んじ……とやららしい。
表だっていなければ別に詮索されるわけじゃないから、みんなこっそり付き合っていて、私と紫原くんもそうしているのだが、まさか噂でもあるのだろうか。こういう噂が先生の耳に入るとめんどくさい。いつもは何も言わないくせに、少しでも恋愛の噂を耳にすると嬉々として関わってくるから。
なんと返したらいいか分からず、苦笑いを浮かべていると、彼女は短くため息を吐いた。

「私まで恋愛禁止ーなんて言うつもりはないけど、なんで紫原なのさ。あいつでかいし、目付き悪いし、短気だし、一部では可愛いとか言われてるけど、私は怖くて仕方ないよ」
「そ、そうかな……」

強くは否定できない。
確かに私も初対面の時は怖かったし、可愛い可愛い言っている女の子の気持ちは分からなかったけど、今ではそうでもない。
といっても、可愛いよりかっこいいの方が勝ってる。

「とりあえず、何かされたなら言ってね?」
「う、うん、ありがと…!!」

私は鞄を肩にかけて教室を出る。彼女はこれから寮、私は実家に帰宅する。親友の親は転勤してしまって、仕方なく寮に入ったらしい。一緒に登下校できないのは寂しいけれど仕方ない。

「名前」

教室を出ると、廊下の壁に背中を預けながら立っている紫原くんが視界に入った。今日は珍しくバスケ部が休みらしい。
私は慌てて駆け寄る。近くによると相変わらず大きい。昔は怖かった長身も、今は頼もしさと安心感を与えてくれるから大好きだ。

「待ってたの?」
「だって、話してたみたいだから」

そう言う彼はどこか元気がない。体調でも悪いのかと思ったけれど、顔色は悪くないようだ。
もしかして、とある考えが浮かんだ。

「さっきの話、聞いてた?」

私の問いに、紫原くんの肩が揺れる。分かりやすいなぁ、もう。

「自覚、あるから」

ぼそりと彼が呟いた。その巨体から聞こえるにしてはか細すぎる声音。私はめいっぱい耳に意識を寄せた。

「俺……でけぇし、短気だし………名前は俺が怖くて付き合ってんのかなってさ………」

彼は浮き沈みが激しい。今はかなり沈んでいるらしい。まさかこんな消極的なことを彼の口から聞くなんて思っていなかった。

「紫原くん…」
「やっぱ、あんまり近くにいない方がいいし…、短気な自覚ある。怒ったら周り見えねぇ。だから……近くに、来ないで」
「紫原くん…!!!」

私は頭を垂れる彼の胸ぐらを掴んだ。うんと手を伸ばしてもそれぐらいしか掴めない。そしてそのまま手前に引く。
きっと、今の彼には強引すぎるくらいでちょうどいい。

私は驚く彼の顔にキスを落とす。
触れるぐらいの軽いキスだけど、それでも彼は真っ赤になった。

「名前、い、今、ちゅーした……?」

赤い顔で、震える声でそんなことを言われたら、なぜかこっちも恥ずかしくなってきて、私は掴んでいた胸ぐらを放した。

「紫原くん、今ので分かった?私はちゃんと紫原くんが好きだよ」

私の言葉に今度は満面の笑みを浮かべて抱きついてきた。2m越えの巨体に抱き締められたらちょっと苦しいけれど、これも幸せの証なら仕方ないかな、なんて。
というか、本音を言うと周りの視線が気になる。みんなニヤニヤしながらわきを通っていくから、だんだん「恥ずかしいことをしている」自覚が生まれてきた。

「紫原くんっ」
「俺も名前のこと好きだし!名前よりめちゃくちゃ好きだし!!」
「うんうん、分かった。分かったから!!くるしい、はずかしいっ!!」

更に腕に力を込めて抱き締めてくる彼の腕をギブアップの意味でタップするが、放してくれそうにない。これじゃあ心臓がいくつあっても足らない……。
しょうがない。しばらく彼の好きにさせてあげよう。

それから、視界の端に先生が見えるまで、私たちは廊下のど真ん中で何度も愛の言葉を言い合っていた。

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