題名のない部屋
緑間とキセキ嫌い
「そもそもキセキの世代はさぁ」

今日も始まる名字の愚痴に俺は溜め息を吐きながら眼鏡を押し上げた。「聞いてるの?」と真剣な顔で迫ってくる彼女を押し戻しながら、俺は頷く。めんどくさいが、こいつの話を聞くしか解放される方法はない。俺はまったく来る予定などなかったマジバの席で視線を下げる。
貴重な休日をこいつに潰されるなんてあってはならないことだ。折角これから雑貨屋を回ろうとしていたのに、まさかこいつに捕まるなんて。おは朝の順位は一位だというのに、ついていない。やはりラッキーアイテムがないことが問題だ。今から買いにいくということ自体が間違っていた。手に入れておくべきだったのだ、アンティーク人形用のピンクのドレス。黄色のドレスは持っていたのだが……。流石おは朝だ。あの占いは俺たちに人事を尽くさせる。

「名字はキセキの世代が嫌いなのだろう。なぜ俺に話しかける」

今目の前にいるのは名字名前。秀徳高校男子バスケ部のマネージャーで、元・帝光中らしい。とはいっても、中学時代に面識はない。彼女は一方的に俺らをみていたようだが。
俺らとは、キセキの世代のことだ。
彼女はキセキの世代を極端に嫌っている。どうやら二年後半時の試合を見たことがあるらしい。俺にも覚えはある。なんとなく、どの試合を見て彼女がキセキを嫌っているのかも予想がつく。それほどのことをやったのだという、自覚も。
しかしながら、彼女はキセキを嫌っているはずなのに、なぜ俺には話しかけてくるのだろうか。入部当初はもっと厳しかったし、まともな会話も無かったわけだが。今の彼女はどうだ。普通に俺と会話するどころか、休日にたまたま出会った俺をこうやって捕まえるなんて、予想だにしていなかった。
名字は俺の純粋な問いに首をかしげる。

「なんで。今の緑間に嫌いになる要素なんてないじゃない」
「なん、だと」
「むしろ今の緑間は好感が持てる。あんた変わったわ」
「何を知ったような口を…」
「知ってるよ。嫌いなモノほど見ちゃったりしない?そんな感じで、ずっと緑間のこと見てきたしね」
「そう……か」

真っ直ぐな言葉をぶつけられるのはなれない。思わず言葉がつまった自分に舌打ちをしそうになる。ここで舌打ちをしたらまたペースを乱されそうだ。なんとか舌打ちを噛み殺す。

「緑間はすごいよ。尽くせる人事は全て尽くして、今まであんたのことなめてたわ。その強さは、尽くしに尽くされた人事による確固たる裏付けがあったんだね」
「そうだ。尽くせる人事は尽くさなければ」
「うん。あんたのそういうとこ好きだわ」
「む…………そうか」
「なれてない?」

また言葉がつまる俺に、名字は穏やかな笑顔を浮かべる。バカにしている様子はない。それでも馬鹿正直に頷くのも憚られ、俺は「そんなことはない」と呟く。

「そう?」
「ああ」

やはり、今日は蟹座が一位だなんて到底思えない。ラッキーアイテムもない。人事を尽くしきれていない。なのに、彼女を目の前にしたら口が滑りそうになる。
いっそ滑ってくれさえすれば楽になるのだがな。

俺は名字が好きだ。
まだこいつが「キセキの世代嫌い」ということを知らなかったころ、俺はこいつの視線を感じていた。今思えばそれは敵を観察するためのものだったのだが、俺は彼女が俺に好意を持っているものだと勘違いしていたのだ。まったく、馬鹿げた勘違いだが、それから彼女のことが気になりはじめ、気付けば俺は名字を目で追うようになった。
名字が「キセキの世代嫌い」と聞いたとき、勘違いをした自分を酷く恥じたし、どうにか彼女に好かれようと必死になっていたのだが、元からの性分とはどうにもならんもので、何回も素っ気ない態度をとってしまった。この件に一番に気付いたのはやはり高尾なのだが、あいつには散々からかわれたものだ。

「ああ、ごめんね緑間。愚痴ってばかりで。今日は雑貨屋巡り?楽しんできてね」

名字はゴミが乗ったトレーを手に立ち上がる。俺は思わず彼女の腕を掴んでいた。名字は目を丸くして「どうしたの?」と首をかしげる。
無邪気なその笑顔を汚したくはないのだが、今は俺が持ちそうにない。俺も普通の高校男児ということか。情けないのだよ。だが、俺はこんなことで手を抜くつもりはない。情けなくたって構わない。ロマンチックでなくても。本物の思いを口にしたい。

ああ、いっそ、口よ、滑ろ。


「好きだ」
「は……?」

俺の言葉に名字は目を見開く。きっと聞こえているのだが、理解できていないのだろう。俺はゆっくり息を吸い、もう一度好きだと繰り返す。すると今度は何も言わず名字は視線を下げた。トレーをかたりと机に置き、そっと視線を上げる。その顔は喜ばしいほど赤い。

「やっぱり……キセキなんて大嫌い……」

名字は俺の手をとると恥ずかしそうに口を開く。

「私も、好き、なんだけど…………、どうしよう…」
「ど、どうしようとは……なんなのだよ」

好きだと言ってくれたのは嬉しいのだが、まさか疑問をかけられるとは思わずそちらに突っ込んでしまう。彼女は「でも…!!」と声を上げてから、ふらっと視線を泳がせ、席に座り直す。

「では……」

俺は彼女の手を包みこみ、できるだけ落ち着いて言葉にする。

一世一代の告白を。

「俺と、結婚を前提に、付き合ってほしい」

彼女は顔を真っ赤にして「不束者ですが……」と呟いた。

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