題名のない部屋
霧崎と文化祭
「もうやだ、お前らのお化け屋敷……」

霧崎第一高校男子バスケ部の出し物の控え室である部室で膝を抱えていると、原がうひゃひゃと笑い声を上げた。疲労が酷すぎて怒る気も起こらない。いつもならぶっ叩くとこだけど。

男子バスケ部の出し物はお化け屋敷だ。
もちろん、ただのお化け屋敷ではない。
バスケ部の権利を利用して体育館を使用した壮大なお化け屋敷。しかし、壮大なだけではない。

「死にたい………」

精神を抉ってくる内容なのだ。
夢に見そうだ。死にたくなる。
私の呟きにザキが目を丸くした。

なにが一番くるって、暗闇の中、体育館という出口の見えない道をひたすらに歩くこと。
もしかして私は独りなのか、まさかここから出られないのではないかと不安にかられたタイミングで驚かされる。あいつらの性格に慣れている私でさえ思わず泣き崩れてしまったほどに恐ろしい。
マネージャーの私に内緒で何をやってるかと思ったらなんて恐ろしいものを作ったんだ。何人泣かせたら気がすむのだろうか。こいつらの底が知れない。

「おいおい、泣くなって」

大爆笑する原はとりあえず無視で、私の目の前にしゃがみこみ優しく慰めてくれるザキの手に集中する。こいつだけが良心。ノルマクリアできなくても、優しいザキのままでいてください。そして原はザキを見習いなさい。

体育館の方からまったく可愛くない女の子の叫び声が聞こえてくる。「お化け屋敷で叫んじゃう可愛い女の子☆」 を演出したかったのかもしれないけど、ご愁傷さま。霧崎の男子バスケ部を舐めてもらっては困る。

今のローテは花宮、古橋のコンビらしい。質が悪い。可愛い叫びなんて出来るわけがない。
私の時は原、山崎だったからまだましだと告げられた。あの二人だったとしたら私はどうなっていたのだろうか。ちなみに瀬戸はさっきから部室のベンチで寝ている。

仕掛けはほとんどが電動らしく、人手は余りいらないと言っていたけど、そりゃあレギュラーだけでやったらこんなことにもなるよ。やはりなにがなんでも監視しておけばよかった。

「ぶっさいくな泣き顔!」

まだ大爆笑している原は私の頭をガシガシと掻き撫でる。いつもより少し優しいから、慰めているつもりらしい。全然心が晴れないけれど。

「うっさいなぁ!あんたらが泣かせたんでしょ!」
「いやぁ、まさかこんなに泣くとは思わねぇじゃん?」
「あー、悪かったって。泣き止めよ……」

クスクス笑う原に心配そうに声をかけてくれるザキ。体育館からは野太い叫び声と、ベンチ側からは瀬戸のいびき。だんだん落ち着いてきた。

「もー……ほんと……。あんたらすごいわ………文化祭のレベルじゃないよ、このお化け屋敷。心 折りにいってんじゃん」
「発案者は花宮だぜ?折りにいくだろ、そりゃあ」
「あいつの大好物だしな。叫び声とか、心が折れる瞬間とか」

まあ、花宮の作るお化け屋敷がカップル誕生を助長するわけないし、笑顔で終わるわけないか。花宮だもんね。

「おい、原、ザキ、休憩時間だ」

噂をすればなんとやら。部室に入ってきたのは今しがた仕事を終えてきたのだろう花宮と古橋。時刻を確認すれば確かに12時30分。この時間はお化け屋敷を閉館するらしい。もちろん食事のためだ。

「お疲れ、花宮、古橋」
「名前…!!」
「名前か、ありがとう」

いつもの癖で二人にタオルを渡す。古橋はわかりづらいが少しばかり微笑んで受け取ってくれる。しかし花宮は私を見つめたまま固まってしまった。

「花宮?」
「目……赤くねぇか?」

タオルをずいっと差し出しても受け取ってもらえないから首を傾げていると、花宮は私の頬に触れた。ひんやりとした指が少し心地いい。

「んー、原に泣かされたかな?」
「は……?」
「ちょ、名前!? は、花宮?目がマジでこえーんだけど…!!」

花宮はいったん溜め息を吐くと、原を睨み付ける。原の目元は見えないけど、口元はひきつっていた。
私はタオルを手にしたままベンチに座る。あ、そういえば瀬戸が寝ていた と思い出すが踏んだ気配はない。見ると彼は既に起きていた。

「おはよう、瀬戸」
「おはよう。昼ごはんの時間だろ?」
「せーかい」

暢気な会話をしていると、花宮のドスの効いた声が聞こえてくる。私の隣に古橋が座った。

「おい原、名前には優しくしろっつっといたよな?」
「あれれ?そうだっけぇ?」
「お前だけ練習量増やした方がいいか?」
「だーかーら!好きな子ほどいじめる質なんだよオレは!!」
「知るか!! あと康次郎!!」

原を睨んでいた花宮は私の隣に座った古橋をズビシッと指差す。古橋は何事もないように弁当箱を取り出していた。

「さりげに名前の隣に座んな!」
「瀬戸はどうなんだ、不公平だろう」
「え、俺?俺の場合は名前から隣に来たわけだけど」
「知るか二人ともどけ!」
「おーぼーだー!」
「名前は黙ってろ」

花宮にぎらりと睨まれて思わず口が閉じる。あらら、結構本気で怒ってらっしゃる。
瀬戸と古橋は仕方ないと呟きながら立ち上がり、別のベンチに移動した。ちょっと寂しい。
堂々とこちらに歩いてきた花宮は、どすっと私の隣に腰を据える。私は少しだけ距離をとって座り直した。

向かい側に座るザキが軽く吹き出した。どうしたの?と聞けば、いや、と短く区切り、

「愛されてんな、マネージャー」

と笑みを濃くした。

思わず部員を見渡してしまう。

うーむ。確かに、愛されてる、かも。私には甘いの、自覚してるし。あ、原は酷い。

「そうだね、私も原以外みんな好きだよ」
「マジかよ」

原だけ不満そうに唇を尖らせるが、他のみんなは笑顔だし、まあいいや。花宮も満更ではなさそう。
私は部室に置いておいた鞄から弁当箱を取り出し手を合わせる。こんな何気ない時間が幸せだなぁと思いながら「いただきます」と呟いた。

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