005




待ちに待った放課後、私は山本の隣を歩く。少しだけ周りから視線を感じるけれど、そんな嫌悪は感じられない。山本のファンは心優しいみたい。というか、山本がいいならそれでいいみたいな集団だから。

こうやって誰かと下校するなんて久しぶり。
まともに友達なんていなかったし。
作らなかったわけでも、一人が好きなわけでもないけれど、面白そうなものを見るために、観察していたら自動的に見る専になっていた。

「山本の家ってどっち?」
「俺はあっち」
「あ、一緒」

校門を出てから山本に問いかけると、彼は左を指差した。私もそっち側に家がある。よかった。校門出てからすぐ別れる、なんてことならなくて。

私たちは同じ方向に歩き出した。最初こそ足の長い山本の速度に合わせるのが大変だったけど、彼はそんな私に気付いてくれて、私に速度を合わせてくれた。 いいやつ。

「最近のツナ、ほんとすげーのな」
「ツナ?あぁ……うん」

山本はよくツナの話をする。気になっているのだろう。
すごいもなにも、マフィアだもの。死ぬ気モードだもの。と、思えども口にしない。山本は絶対に信じない。信じないというか、冗談だと思うに決まってる。
それに、私の日常代表だから。山本には非日常の仲間入りはしてほしくないな。

「俺さ……」

考え事をしていたら山本がどこか辛そうに声を出すから、そちらを見上げた。何か、感じる。

何を感じている?
わからないけれど、なにか、胸がざわつく。
恐る恐る彼の制服の裾を掴む。消えてしまいそうで怖かったから。山本は裾を掴む私の指を見て、申し訳なさそうに微笑んだ。

「あ、俺ん家」

なにか声をかけたくて、なにも考えないまま口を開いたとき、山本が声をあげ、足を止めた。見ると竹寿司の前に着いていた。噂には聞いてたけど本当に山本の家、お寿司屋さんなんだ。

「俺荷物置いてくるから、待っててくんね?」

山本の家にも着いたし、あとは一人で帰ろうとしていたのに、彼に止められ帰るに帰れなくなってしまった。多分、送っていってくれるんだろうけど…山本優しいなぁ。これはモテる。

「わ、わりぃ!」

お店に入っていく山本を感心しながら見ていると、物の数秒で出てきた。そして、私の手をとる。

「どうしたの?」
「今、めちゃくちゃ混んでてさ」
「あ、ならいいよ。一人で帰れるし」
「あー、そうじゃなくて…」

大丈夫だよ?と空いてる方の手を振ると、更に強く手を握られた。山本は短く唸ってから眉を八の字にする。

「ちょっと、手ぇ貸してくんね?」
「え……?」
「皿洗ってくれるだけでいいから!」

頼む! と頭を下げられる。人手が欲しいってことか。
まぁ、皿洗いぐらいなら出来るし、山本はいつも一方的に観察したり、目の保養にしてたりするからいいか。お礼、みたいなものだ。

「うん。分かった。手伝う」
「サンキュ!」

私は山本に手を引かれお店に入る。なるほど、確かに混んでる。ちょっと……覚悟して手伝わなきゃな……。



「ありがとな!助かったぜ!」
「もう大丈夫?」

時刻が7時を回った頃、山本に声をかけられた。本当は6時前には帰してもらうつもりだったんだけど、客足が途切れなくて意地で続けてしまった。こんなに混むことは珍しいみたいだけど、すごく大変だ。

大丈夫って山本や山本のお父さんは言ってくださるけれど、まだ客足は途切れてない。多少はましになっているけれど、これを二人で捌くのも大変なんじゃないかな? 今日一日働いてみて実感した。

「でも、もう遅いだろ?俺、店から離れらんねぇから送れないけど、もう帰った方がいいって」

確かに、もう外は暗い。6月とはいえ、7時になると日は落ちている。一応電話を借りて、家に連絡は入れてあるけれど、早く帰らないとお母さんが心配するよね……。

「あの……じゃあ、お言葉に甘えて…」

私がエプロンを外しながら言うと、山本とお父さんはそっくりな笑顔を浮かべた。本当に似てる。やっぱ親子だなぁ。

山本は私を裏口まで案内してくれた。お手伝い頑張って!と握りこぶしを作れば、山本は明るく返事をくれる。

「今日はありがとな!また明日!」
「うん、明日!」

そう言って手を振り、別れる。最後に見た彼の笑顔が少し陰っているように見えたけれど、彼はもう店に戻ってしまっていて、聞くタイミングを逃してしまった。おとなしく帰ろう。

こんな遅くに帰るなんて久しぶりだな、なんて夜道を歩いていると、背中に悪寒が走った。昔からこうなんだ。嫌なことが起きる前に、背中に悪寒が走る。
それは野性の勘みたいな、一種の危機察知能力みたいなもので……。

「君、並中の生徒だね?こんな時間に何しているの?」

この悪寒があった時はとりあえず、ヤバイことが起こる。


「校則では寄り道は禁止だけど。君は遅くなるような部活をやっているわけでもないようだし………校則違反ってことだよね」


背後からの声に、私は恐る恐る振り返る。本当は振り返りたくない。怖いから。
だってこの声、私の中の、近づいちゃいけない人、第一位じゃないか。
勇気を振り絞り、振り返り、絶望する。夢幻じゃない…。


「ねぇ、咬み殺すよ」


泣く子も黙る、我が並盛中、風紀委員長、雲雀恭弥さんがそこに立っていた。
トンファーを構えて。