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「イタリアに留学していた、転入生の獄寺隼人君だ」

球技大会から一夜明け、ツナの活躍に興奮覚めあらぬ我がクラスに転入生がやってきた。夏休みまであと一ヶ月ぐらいしかないのに、珍しいな。

銀髪に派手なネックレス。いかにも「悪」って感じ。

それにしても……イケメンだ。
クラス中の女子が騒いでいるが、当の本人は興味がない模様。

なんか、また我がクラスの面子が濃くなった気がする。楽しい学校生活を送りたい身からすると大歓迎なんだけど。

先生が獄寺くんの席を指示する前に、彼は歩き出した。空き席はそっちじゃないよね?
なぜか獄寺くんはツナの方に歩く。なになに?どういうこと?

「でっ!」

ツナの机の前まで来た獄寺くんはその机を蹴りあげ、方向転換をした。
男子はざわつき、女子からは黄色い声援が上がる。

確かに「悪」に惹かれる女の子は多いだろうけれど……私は山本派かなぁ。
怖いのは遠慮したい。あ、見ている分には目の保養になるし、いっか。

獄寺は空き席である、廊下側前から二番目の席に座る。なんと私の斜め前だ。確かに面白いことは大歓迎だけど、近くはちょっと。
彼の後ろの席の女子(私の右隣である)が獄寺くんに「よろしくね」と緊張した面持ちで挨拶したのだが、睨まれておしまいのようだ。それでも嬉しそうなのなんで。ちなみに彼の前の席の男子は怯えてる。少しかわいそうに見えてきた。私はこの微妙な位置から目の保養にします。

ホームルーム終了のチャイムが鳴り、軽く身体を捻っていると、急に立ち上がり廊下に消えていく獄寺くんが目に入る。質問攻めから逃げるためかな。私も聞きたいことが色々あったんだけど、また今度でいっか。

そんなことを考えていると、何やら小言を言いながら教室を出るツナが見えた。あいつは…トイレとかだろう。

「ああ、浜内」
「はい?」

私は授業の準備でもしてようと引き出しに手を入れたのだが、そこを先生に声をかけられた。なんですか?と聞けば、一枚の紙を渡される。

「これ、学校案内の紙、獄寺君に渡しておいてくれないか」
「え、なんで私……」
「いや、獄寺君の周りの席のやつ、今お前しかいないだろう」

よくよく考えればそうだ。前の席の男子も後ろの女子も、私の前の席の男子もみんなグループで集まって話をしている。周りには誰もいない。

私は渋々プリントを受けとり、席を立つ。先生は「悪いな」と言っているが反省の色は見られない。
教室で待つのもいいけど、周りの女子の妬みは買いたくないし、とりあえず外まで探しに行ってみよう。質問攻めを避けるためならそんな分かりにくい場所にはいないだろう。

プリントを片手に走り回っていると中庭に獄寺くんを見つけた。近くにはなぜかツナまで。
え、もしかしてほんとに知り合いなの?

「目に余るやわさだぜ」

ドスの効いた獄寺くんの声に、思わず肩が揺れる。私は反射的に物陰に身を隠した。

なに、今の獄寺くん……。
あれは、不良というかもっと…。

「ふん、気付いたか」
「え……?」

甲高いその声の方を向くと、小さい男の子が私を見据え、堂々と立っていた。
なんで赤ん坊が、と考える以前に先ほどの言葉の真意を問いたい。そんな私の気を察してか、赤ん坊は口を開く。

「俺の名はリボーン、殺し屋だ」
「殺し、屋……?」

すごい重要なことを言われている気がするのに、全然頭に入っていかない。というか、赤ん坊が殺し屋って、何を言っているの。

「お前、なかなか鋭いやつだな、胡桃子」
「私の、名前……?」
「殺し屋だって言っただろ」

私の名前を知っているなんて、どうやって。こんな、ただの赤ん坊が……。

もしかして本当にただの赤ん坊じゃないの…?

「お前みたいなやつがファミリーにいてくれたら助かるぜ。ボンゴレが武力だけの集団ではなくなるために、胡桃子のようなやつが必要なんだろう」
「なんのこと……ファミリーとか、ボンゴレとか……」
「時間だ」

赤ん坊、リボーンはそう呟くとどこからか銃を取り出した。そして瞬きをする合間に消える。

「うぎゃああ」

その時、背後からツナの悲鳴が聞こえた。何事だと身を乗り出すと同時に銃声が響く。映画やドラマで聞く音とよく似ている。

倒れこむツナと、その眼前に立つ獄寺くん。地面には、筒状の何かが転がっている。そこから伸びた紐はピンポイントで先端が切れていた。

「ちゃおっス」

先ほどの赤ん坊の声だ。
私が赤ん坊を窓の桟に見つけるのと、ツナが「リボーン!」と声をあげるのはほぼ同時。ツナの知り合いなの!?

そこから先は耳を疑う話だった。山本なら冗談だと思ってしまうほどの。

マフィアやファミリー。
9代目、10代目。
殺しとか戦うとか。

私はうるさくなる心臓を自覚しながら口を押さえる。プリントとか暢気に言ってる場合じゃない。
でも、逃げれない。

好奇心とか、そういうのじゃなくて、ただ腰が抜けてしまって。声を出さずに物陰に隠れるのがやっとだった。

「わけ……わかんない」

背後から聞こえる爆音に、私は思わず耳を塞ぐ。どうにか夢であってと願うが、どうもそういうわけにもいかないようだ。

面白いことは好きだよ。
好きだけど、誰も巻き込めなんて言ってないじゃん。

しかし、爆音は一回きりだった。
もしかしてもうきりがついてしまったんじゃと、小さな不安を抱きながら物陰から顔を覗かせる。

目を、疑った。

下着だけのツナが爆弾だと思われる筒状の物体の導火線を次々と消火しているのだ。バカみたいな光景だ。なのに、涙が出てきた。

「なによ、あれ…」
「興味わいたか」
「リボーン…」

またいつの間にか、私の側に赤ん坊がいる。その胸元には黄色いおしゃぶりが輝いていた。ただのおしゃぶりなのに、なんでこんなに綺麗なんだろう。

「ねぇ、リボーン……色々教えて」
「いいだろう」

リボーンは私にいろんな話をしてくれた。
ボンゴレファミリーのことや、ツナが10代目候補であること。獄寺くんがマフィアであること、死ぬ気モードのこと。
全部が全部、バカみたいで夢みたいで信じられないことばかりなのに、今となったらそんなこと言ってられない。

「なにそれ……ははっ。面白そう」
「入ってみる気になったか?」

リボーンはにやりと口角を上げた。私もそれに笑顔を返す。

「入るのは…嫌だな。だって怖いもん」
「まぁ、普通はそうだな」
「そう、私一般人だし」
「その視点が、ボンゴレにはほしいって言っているんだが……まぁ、いい」
「興味はあるよ」

興味はある。すごくある。
何回でも言うけど面白いことは大歓迎だから。
ただ、それに関わりたくないだけ。

「さあ、決まったようだぞ」

リボーンはそう言って物陰を出ていく、私もそれに続いた。

「とりあえず、胡桃子はファミリー候補だな」
「断固拒否」

炎が灯らない導火線を持つ爆弾が大量に転がっている。ツナが全部消してしまったのだろうか。死ぬ気ってすごい。
それを受け入れてしまえる私も私だけど、流石に目の前で見せられたら否定も出来ない。

マフィアなんてテレビの中の世界だと思ってたから、どんなものか興味がある。私はそれを見ていられたらそれでいいや。

そして獄寺くんがツナの部下になった流れでツナと獄寺くんに私を紹介するのはやめていただきたいよ、リボーン。