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休日の昼過ぎ。私はコンビニでお菓子を買って帰るところだった。

「あ、山本」

その時、部活帰りだと思われる山本を見つけ、思わず駆け寄る。
山本も足音で私に気付いたみたいで、こちらに視線をくれた。

「浜内、なにしてんだ?」
「コンビニ帰り。山本は部活帰りでしょ」

どうせ方向は同じだから一緒に歩き出す。いまさらだけど、やっぱり山本は大きい。クラスでもみんなより頭一つぐらい飛び出しているぐらいだ。
そんなことを思いながら見上げていると、山本はちらりとこちらを見てくる。もしかして気になったのかも。
慌てて謝れば、山本は「いや」と短く言って、それ以上は何も言わなかった。

無言が苦しい。

山本とは無言の空間でも楽しかったのに、今は息苦しいと感じた。なぜだろう。
山本も難しい顔になっている。珍しい、考え事でもしているのか。

でも聞く権利はないし、教えてくれる気がしなかったから口を閉じた。

「ヒバリ、さ」
「え……?」

まさか山本の口から雲雀さんの名前が出てくるとは思っていなくて驚いた。
それもなんでこのタイミング。
今、その人の話はしてなかったじゃんか。

「浜内、ヒバリとよく一緒にいるだろ?」
「そう、かな?」

いや、確かに。
他の人よりは雲雀さんの傍にいるけれど、私個人はクラスメイトの山本と一緒にいることが多いと思っている。
周りから見たら、私は雲雀さんといる印象の方があるのだろうか。
ああ、だから最近クラスメイトに心配されるのか。なぜか身を案じられて不思議に思っていたけど、やっと納得。

「浜内は……………」

山本はすっと視線を下ろすと唇を薄く開いて黙ってしまう。
急かすものじゃないと分かっているけれど、気になる。でも、大人しく彼の言葉を待った。
私にしてはよくできた配慮ではないだろうか。

やがて視線を上げた山本は、さっきの暗い雰囲気を感じさせないほど明るい笑顔を浮かべていた。
ざわりと、心が不安を告げる。

「ヒバリと友達なのな!」
「は、…………はぁ!?」

いきなり何を言うと思ったら、雲雀さんと私が友達!?
照れるな と豪快に笑う山本だが、照れるとかそういう問題じゃないのは明白で、むしろなぜそういう結論に至ったのかが理解できない。

確かに私と雲雀さんは一緒にいることはあるし、他の人よりは彼とまともな会話が出来る自信はあるし、連絡だってとれるし……けれど、友達だなんてものじゃ断じてない。
雲雀さんだって私のことをなんとも思ってないだろう。
友達なんて言ったら群れることになってしまう。
雲雀さんはそんなことを決して、決してしない。皮肉にも、傍にいたからこそよく分かる。

そもそも、私なんて雲雀さんの考えることの99%が分からないのだ。それがなぜ友達などと言える。

こう言っては悪いが、あの人に当分友達は出来ない。
むしろ、一生出来ない、いや、作らないと思う。
あくまで持論だが。

「あのね、山本、私にとって雲雀さんはね」
「友達だろ?」
「違う!むしろ疫病神!」
「疫病神!?」

なんじゃそりゃ! と山本は笑うが、私にとっては笑い事ではないし、大袈裟ではない。

「あの人はね、私の都合が悪い時にしか現れないの!そのせいで私が何度咬み殺されたことか………!」

思い出すだけで顎やら腹部やら頭やらが痛くなる。咬み殺されるのはもうごめんだ。
雲雀さんの機嫌を損ねないようにしないと。いや、いっそのこと関わるの控えよう。
もう咬み殺されたくない。
痛いし、あれ。
本当に痛いし。

「でも、応接室の時、浜内だけソファに座らされてたよな?」
「あれね、後で咬み殺されたの……」
「だ、大丈夫か!?」

山本にがしりと肩を掴まれた。私は「頭に一発くらっただけだから大丈夫だよ」と笑うが、彼はらしくなく心配そうに眉根を寄せている。いつもならにかっと笑うのに、今日はやけにねばるなぁ。

「大丈夫だよ。それよりどうしたの、今日の山本、なんか変」
「そ、そうか…?」

彼は私の肩から手を離して笑顔を作るが、いまさら遅い。作り笑顔なんて、すぐ分かる。

「惚けないで、教えて」

逃がすまいと山本の腕を掴む。
彼は少しばかり目を見開いた。
私からしたら山本の方が友達なんだ、関わってしまったから、とことん関わってやる。
………危ないと分かったら、また逃げればいい。

「この、前さ」

山本はぽつりぽつりと喋りだした。彼が不安そうにしていると、私の心までざわつく。

「ほら、ツナがおっさん殺しちまった、みたいな話あっただろ?」
「あ………うん」

あの日のことか。
あれは仮死状態になっただけで、ツナは実際殺していないのに、未だにどきりとする。

「あれ、結局死んでなかったけどさ、あの時の浜内、すげー混乱してただろ?」
「あー………うん。確かに」

混乱していた。
思い出すだけで恥ずかしい。
モレッティさんはしてやったりといった感じだろう。

「混乱する浜内見てたら、こいつ、女子だったなーってさ」
「なにそれ。私はいつでも女子なんだけど」
「そーなんだけど」

なんというか、な?
山本らしくない、奥歯に物が挟まったかのような言い方。こっちがむず痒くなってくる。

「俺も男だから、ちゃんと護んなきゃって、それだけだぜ!」

山本はぽんぽんと私の頭を撫でる。胸が弾んだ。

今度は私がらしくなくなる番だ。

「い、いきなりなんなの山本……っ」

照れて、恥ずかしくて、頭に乗る彼の手を払う。
そんなになんでもないように「護る」なんて言われても、返答に困る。
それに、山本には私を護るより先に、自分を案じて欲しい。自殺の件、私は一生忘れはしないだろう。

「だからなんつーか、ヒバリと仲いいみたいで、俺が護る必要がねーかなって思ったんだけど……違うならいいや、俺が護る」

浜内は女子だしな と、山本は歯を見せて笑う。護るなんて大袈裟だと思うけれど、マフィアやらに関わってるから何も言えない。

まぁ、いいや。
護ってくれるって言うんだから護ってもらった方がいいだろう。

「んじゃ、お願いね。山本」

マフィアのことを知らない……というより冗談だと思っている山本だけど、心強い。

きっとこんな私だから、強くなれない。