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夜も更け、そろそろ明日に備えて寝ようとしていた時、ベッドの上に置いておいた携帯がけたたましく声をあげた。
私はベッドに腰掛け、携帯を手にした。
液晶に映し出される文字は五文字だ。

『スパナくん』

スパナくんからか、と認識して驚いた。彼から返信以外のメールが来るなんて、今まで無かったのに。

慌ててメールを開いて、言葉を失った。

高台みたいなとこから撮ったのだろう、イタリアの街だ。件名には『フィレンツェ』と書いてある。
赤い屋根が一面に広がる、幻想的な光景だった。少なくても、日本では見られない。

でもどうしていきなりこんなメールを、と思いスクロールすると、本文にはこう書いてあった。

『いつも日本の写真をくれてありがと。うちからのお礼。』

私は時々、日本の景色を写メでスパナくんに送っていた。それは本当に、些細なことだったのに、まさかこんな素敵なお礼が貰えるなんて。

素敵すぎて上手く言葉にならないし、そもそもそんな語彙はないし、どう返信したらいいか分からなくて、『ありがとう。とっても綺麗だね』とありきたりな返信をしてしまった。本当は、そんな簡単なものじゃないのに。

すると間も無くしてスパナくんから返信が来た。今度はフィレンツェの街を背にして立つ、スパナくんの写真だ。
黄色いつなぎを着て、不器用にピースしている。半開き気味な目が彼らしい。

『おじいちゃんがお礼しろって言ったからした。これはおじいちゃんに撮ってもらった。』

おじいちゃんとフィレンツェに行ってるんだ。本当に仲がいいな。思わず頬が緩む。
そしておじいちゃんに言われたからって言うのがとてもマイペースなスパナくんそのもので、吹き出してしまう。
この前いったばかりのイタリアが、既に遠い過去の思い出のようだ。
イタリア、素敵な場所だった。来年の夏休みにまたいけないか両親に聞いてみよう。

遠い異国に思いを馳せながら携帯を閉じて、時計に目をやる。

「うわぁ!」

時計の針は1時を回っていた。
流石にこんなに遅いと朝が大変だ。
私はベッドに身体を沈め、一度携帯を見やってからまぶたを下ろした。



朝。
登校して絶望した。

校門から玄関までにずらっと並ぶ、体格のいい男たち。彼らはみんな学ランを着込み、腕には腕章を付けている。

風紀委員の抜き打ち服装検査だ。

よりにもよって、なんで今日。
やはり都合の悪い時に現れる最強孤高の風紀委員長の影響だろうか。

私は開いていた第一ボタンを閉める。本当はここまで閉めなくてもいいんだけど、やりすぎて悪いことはない。
少し短いスカートも規定の長さまで下ろす。これに引っ掛かるのだけは勘弁。

出そうになる欠伸を噛み殺し、肩にかけた鞄を持ち直してから、心を決めて足を踏み出した。
簡単だ。風紀委員に声をかけられないようにここを抜けるだけ。
でも、見られているだけで心身への負担になるので、できるだけ早く抜けなければ。

風紀委員と目が合わないように校門に向かう。威圧感がすごいけれど、ここにあの人の気配はない。
むしろ左上から気配を感じた。
そこにあるのは応接室だ。つまり、そこからこの様子を見ているのだろう。
何もやましいことはないのに、するすると視線が下がっていく。

「浜内ー」

慌てすぎて足がもつれそうになりながら歩いていると、前方から名前を呼ばれた。少しだけ視線を上げると、玄関で山本が手を振っている。

「山本!」

私はがばりと身体を起こし、彼目指して走る。上からの威圧感なんて、気にならなくなっていた。

「山本、おはよ……!」

なんとか風紀委員に声をかけられず、服装審査を抜け、玄関にたどり着く。走ったから少し息が荒れた。肩で息を整えていると山本が笑みを浮かべる。

「はよ、浜内」
「登校したらいきなり服装審査があってビックリしたよ〜」
「俺も!いつもいきなりだよなぁ、服装審査」
「そうそう」

私たちは肩を並べ歩き始める。
靴をはきかえ、走ったためずれた鞄をかけ直す。
玄関を過ぎて廊下を歩いて階段を登り始めた時、思い出した。

「そうだ。山本」
「ん?」
「宿題やった?」
「………………あ!」

山本は苦笑しながら やばい と呟く。やっぱりやってなかった、数学の宿題。山本はうっかりしてるというか、抜けているから宿題忘れの常習犯だ。人柄と言ってしまえばおしまいだけど。それに野球もあるから、覚えていても時間がとれないのであろう。

「悪い浜内、見せてくんね?」
「いいけど、何か奢ってよ」

最初から見せて欲しいと言われたら見せるつもりでこの話を振ったわけだけど、もちろんタダでは見せられない。

「ジュース奢るから、な?」

山本は片手をあげてお願いしてくる。そんな姿に思わず笑みが溢れた。

「ジュースね、いいよ」

私の言葉に山本は安堵の息を吐いた。こうしちゃいられないと走り出す山本に続いて、私も階段をかけ上がる。

やっぱり、友達がいるって最高かも。