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というわけで、どういうわけか生きていた死体(?)を前に全員が慌てふためく。「救急車です!」とバタバタする三浦さんにリボーンは淡々と声をかけた。

「その必要はないぞ。医者を呼んどいた」
「い……医者ってまさか……」

ツナは心当たりがあるようで目を丸くしている。リボーンは少しだけ口角をあげた。

「ああ、そうだぞ」

そして床にある何かを引っ張る。

「Dr.シャマルだ」

確かに白衣を着た男性だが……。これは……。

どこからどう見てもただの酔いどれ…。お酒持ってるし…。あからさまなしゃっくりまでしている。

そんな男性を見た獄寺くんが顔を青くして「あいつは…!」と声をあげる。山本が彼に「知り合いか?」と問い掛けた。

「うちの城の専属医の一人だった奴で、会うたびに違う女つれてて「妹だ」っつーから……ずっと兄弟が62人いると思ってた」

山本はなんだソレ!?と豪快に笑い飛ばす。また冗談だと思っているのだろう。
私は兄弟が62人の話より、獄寺くんの「うちの城」発言が気になって仕方ない。嘘言っているようには聞こえないけれど、城って……。獄寺くん、お金持ちの子なんだ…。ただのマフィアじゃなかったんだね。

「よぉ、隼人じゃん」

獄寺くんの言葉を肯定するようにシャマルさんは彼に声をかけた。獄寺くんは「話しかけんじゃねー!女たらしがうつる!スケコマシ!」と散々な言いようだ。シャマルさんは苦笑いを浮かべながら「なんでー、つれねーの」と呟いた。
獄寺くんの後ろにいた私と彼の目が合う。どうすることも出来ずにただ立っていると、獄寺くんが庇うように横にずれてくれた。絡んでいた視線が解かれる。ほっと小さくため息を吐いた。

「Dr.シャマル!早く患者を診てくださいよ!!」

獄寺くんとシャマルさんのやり取りを聞いていたツナが、我慢できないと言いたげに声をあげる。目には涙が浮かんでいた。
自分が殺してしまったかもしれない人が助かるのだから、焦るのも分かる。

そーだった と暢気に言うシャマルさんは死体(?)ではなく三浦さんに手を伸ばす。私の前に立つ獄寺くんが「げ」と嫌悪の色が濃い声を漏らした。

「んー……どれどれ」

シャマルさんは至って真面目な表情で三浦さんの胸に触れる。触られたのは私じゃないのに背中に悪寒が走った。

「キャアァアア!!!」

三浦さんは顔を真っ赤にするとシャマルさんの顔面に右拳を決めた。シャマルさんの体はツナの部屋の壁まで飛んでいく。

「何するんですか!」

三浦さんは自らの胸を隠すようにし、シャマルさんに吠える。まったく彼女の言う通り。いきなりあんなことするなんて最低だ。

しかし飛ばされたシャマルさんはむくりと身体を持ち上げ、あっけらかんと笑う。

「この元気なら大丈夫だ。おまけにカワイイときてる。なんならそこの君も診てやろうか」

シャマルさんの視線がこちらに飛ばされた。咄嗟に獄寺くんの背中に隠れる。

「私は可愛くないので遠慮します!」
「大丈夫だって、十分カワイイカワイイ」

へらへらと聞こえる笑い声が信用できない。出てたまるか、獄寺くんの背中に隠れ続けてやる。

「誰診てるんですか!!!患者はこの人です!」

痺れを切らしたのか、ツナはびしりと死体(?)を指差す。シャマルさんはそれを一瞥すると頭を掻いた。

「何度言ったらわかんだ?オレは男は診ねーって」

シャマルさんの最低発言にリボーンはいつもの調子で「そーいえば、そーだった」と言う。ツナは「知ってたよなあ!!」と怒号をあげる。

「あいかわらずサイテーだな、あいつ。好かねぇ!」
「おもしれぇーよ!」

獄寺くんの言葉からするに、昔から男は診ない主義だったようだ。それは医者としてどうなんだと思うが、山本は楽しそうに笑っている。山本はどこまでを本気で受け止め、どこまでを冗談だと思っているのだろうか。

「てか、本当にそいつ生きてんのか?瞳孔開いて、息止まって、心臓止まってりゃ死んだぜ」

シャマルさんの言葉にどきりとする。そんなに淡々と死を告げられても、私はついていけない。死んでなかったんだから、やめてよ。死んでないでいいじゃんか。

そう思う私の意思を裏切るように、三浦さんは死体(?)を覗き込み「ドーコー開いてます」と呟いた。

やめて。
ツナを人殺しにしないで。

「息も止まってる……」

山本は薄く白い紙を死体(?)の口元に寄せて、言う。紙は微かな動きすら見せない。

「心臓……」

最後は獄寺くんだった。
彼は死体(?)の背中に耳を寄せた。

「止まってる……」

気付いたら私は駆け出していた。

いや、逃げ出していた。