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体育祭が終わって間もない穏やかな日曜日の朝。
穏やかすぎて暇だ。

「うー……なんかしよう」

私はいじっていた携帯を閉じてベッドから身体を持ち上げる。
とりあえず部屋着から着替えて外に出てみよう。何かあるかもしれない。

私は一番着る機会の多い私服に着替えて部屋を出た。階下に降りるとリビングからは両親の楽しそうな話し声が聞こえてくる。やっぱり二人の邪魔をするのは忍びない。

「いってきまーす」

鍵と携帯をポケットにいれて、家を出た。ドア越しに聞こえる二人の「いってらしゃい」を背中に、歩き出す。

「あれ、浜内」

しばらく適当に歩いていると山本に会った。今日はいい日かも。

「こんにちは、山本。今日、部活は?」
「休みだから暇でさ。今、ツナん家目指してんだ」
「へー。私も暇なの。一緒に行っていい?」

もちろん と山本は笑い、ツナん家の方角に向けて歩き出す。私はその後を追った。

「そうそう、さっき公園で獄寺見つけてさ」
「獄寺くんが公園に?」
「そうなんだよ。それでハトに向けて「ヒマだー」なんて言ってたんだぜ」
「ぶふっ!」

ハトに話しかける獄寺くんを想像して思わず吹き出してしまった。山本は「あいつにも声かければよかったな」なんて言っているが、そんなとこを見られたなんて知った獄寺くんが山本に突っかかるのは目に見えているから、声をかけなくて正解です。

「あ、着いたな」
「ほんと、ツナん家着いたね」

山本の話を聞きながら歩いているとツナん家に着いた。
あれ?人影がある。

「あ……!!山本、浜内…!!」
「え、獄寺くん…?」

ツナん家の前にいたのは獄寺くんだ。今にもチャイムを押しそう。

「なんでおめーらがココにいんだよ!」
「今日部活ねーからおまえと同じヒマ人なんだ」

獄寺くんはしかめっ面でチャイムを押し、誰かが出てくる前に扉を開けてしまった。勝手に入る獄寺くんもだけど、鍵をかけてない沢田家も大丈夫かな……。山本はそれに続いて上がってしまう。私も慌てて追いかけた。

「コラ!誰がヒマ人だ!?一緒にすんじゃねー!」
「さっき公園のベンチでタバコふかしながらハトに向かって「ヒマだー」って言ってたろ?」
「ちょ、山本!!」

階段を上りながらも二人の喧嘩は続く。喧嘩と言っても獄寺くんが一方的に喧嘩腰なだけだけど。
それにしても山本はデリカシーがない。獄寺くんは青筋を立て、山本の襟首を掴む。

「な!見やがったな〜!!!」

山本は ははは と笑っているが喧嘩しながら階段を上っている人の下にいる私の気持ちも考えてほしい。二人が足を踏み外したら私が下敷きになるんだから。気が気でない。

一旦下に戻ろう。私は急いで階段を降りた。
ここで様子を見てから上にいこう。

一階で一息吐いた時、ツナの大声が聞こえた。


「オレの人生は終わったんだ〜!!もー自首するしかないー!!?」


意味不明な声に素っ頓狂な声が漏れてしまった。続いて可愛らしい女の子の声も聞こえてくる。
私は階段を見上げ、喧嘩中の二人がいないことを確認してからかけあがった。



ツナの説明によると、彼が人を殺めてしまったらしい。
しかし無意識で自覚がないらしく、軽くパニック状態に陥っているようだった。なぜか側にいた三浦さんも青い顔をして呆然としている。

山本や獄寺くんはツナが人を殺めたということを信じてないらしいが、私はそうはいかない。

ベッドの上で、男の人が、血を流して、倒れている。
ツナが殺した男が、今、ベッドの上。

「いや………私、関係ない」

そうだ、関係ない。
帰ろう。
悪い夢だ。
帰ろう。 ここにいたくない。
人殺し。

「おい、どこにいくんだ」

踵を返したその時、獄寺くんに声をかけられた。鋭い声音に足が止まる。がしりと腕を掴まれた。その握力から振りほどけないのは容易に理解できる。

「だって、人殺し……人殺しだ………」
「10代目が殺ってないつったんだ。てめぇは10代目を信じれねーのか」
「信じられないよ……!!」
「あーそうかよ」

獄寺くんは私の腕をぱっと放す。あっさりとした態度に度肝を抜かれた。

「お前が今まで関わってきたオレはもっとたくさん人を殺してんだ」
「ひっ………」
「そんな気持ちなら、面白そうだからってだけで絡んでくんな」

そうだ。獄寺くんはマフィア、殺し屋。たくさんの人を殺しているはずだ。
私はその事実から目をそらしていた。

完璧に落ち着けるわけではないけれど落ち着こう。
深く息をして、現実をちゃんと受け止めなきゃ。関わってしまったのだから。

「大丈夫……だよ」

獄寺くんは私を一瞥するとタバコを取り出した。そしてそのタバコに火をつけ、死体に近付ける。

「おい、起きねーと根性焼きいれっぞ」

ツナは声をあげるが、同じく驚いているはずの私は声が出ない。喉が変に乾いていた。

死体になんてことを と思った瞬間、その死体はピクッと反応を見せる。

「いき、てる……?」

最初は驚いていた様子の獄寺くんも私の言葉に口角をあげ、頭をぽんぽんと撫でてくれた。

「10代目の言う通りだ」
「うんっ……!!」

ああ、本当は、人殺しに関わりたくないわけじゃなくて、私もツナが人を殺したということを否定したかったのかもしれない。彼がどんな人かをよく知っているからこそ、逃げたくなったのかもしれない。

山本と獄寺くんと…それに三浦さんと比べても、私は弱すぎる。