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日は過ぎ、体育祭の日がやって来た。
私はA組の応援席の、後ろの方から観戦をしている。競技をするグラウンドはもちろん、応援も体育祭を形作る一つだから、全体を見渡せる場所から見守っているのだ。勝ったり負けたりで一喜一憂する姿はとても見ごたえがある。

プログラムはまだまだ前半。借り物競走も前半に存在する競技だ。悪目立ちはしたくないから無難なお題を引けることを祈ろう。

しばらく体育祭を観戦していると、借り物競走に出場する選手への集合がかかった。
私は一人で集合場所を目指す。出場する他のクラスメイトが「ドキドキする」なんて言っていたから、私にも伝染してきた。胸に手を当てて呼吸を繰り返していたら、そのクラスメイトと目が合い思わず笑みを見せあう。「緊張するね?」「うん」それだけの会話で、幾分か気が楽になった。

号令がかかり、グラウンドに入場する。A組から私を呼ぶ声が聞こえて、そちらに目をやると山本が手を振っていた。その隣にいるツナは少し疲れているみたい。
あいつまだ競技出てないはずだよね? なんであんなに疲れてるんだろう? 総大将をあることに対する心労かなんかかな?
疑問に思いながらも手を振る。その時、背中に嫌な視線が当たった。これは山本のファンじゃない。殺気の質が違う。

風紀委員長だ……。
私は挙げていた手を引っ込めた。これ以上手を振っていたら「群れたね」と一蹴されてしまう。それだけは。それだけは避けたい。もう気絶はしたくない。

借り物競走での私の出番は第三レース。それまでは座って待っている。

第一レース、一位でゴールしたのはC組。第二レースはB組だ。
お陰で第三レースに走る私へのプレッシャーが半端ない。特に笹川先輩の怒号が、耳をつんざくように聞こえてきた。

第三走者に声がかかり、私はスタートラインに立つ。こういうのは慣れない。しかも、今回は雲雀さんが見に来ている。負けられない。負けられないよ私…!!

スターターピストルが高々に音をあげ、レースが始まる。
私は全速力でお題が書かれた紙がおかれた机を目指した。
二番手で机にたどり着き、直感でカードを選ぶ。

お願いしますお願いします と祈りながら紙を手にする。

「えい!!」

ぺらりと裏返し、お題を確認。
一瞬硬直してしまった。
そこに書いてあったのは二文字。

『友人』

迷いは無かった。
私はお題を手に、A組へとひた走る。

友人なんて呼べる人、一人しかいないんだから。

A組へとたどり着いた私は、最前列で応援してくれていた山本の手首を掴む。周囲の女子が騒然となるが、お題の紙をちらりと見せれば、みんな納得して送り出してくれた。

「いくよ!山本!」
「お題、俺なのか?」
「そう!『友人』!!」

山本は私の答えに口角を上げる。

雲雀さん、これは群れじゃありません。勝つためです。心の中であの恐ろしい人に謝罪する。

「よし!走るぞ!」
「え、山本っ!?」

私の競技なのに、意気揚々と山本が走り出す。山本は尋常じゃなく速いから、私はほぼ引きずられる形だ。
周りの景色が新幹線のように過ぎていく。今どの辺りを走っているのか、他の選手はどうなっているのか。なに一つ把握できない。

ただ、軽快に鳴ったゴールのピストルだけはハッキリと聞こえた。



あの後私は借り物競走第三レースで一位であったことを告げられた。私より山本が誉められていたことは言うまでもない。
くたびれた身体でA組に戻ると、弁当をいれてある手提げの中で携帯がメールの着信を告げていた。もちろん差出人は雲雀さん。

群れてません。群れてませんよ。と言い訳のように呟き、メールを確認すると、一言『一位おめでと』とだけあり、嬉しい半面、ちょっと怖くなった。
私がそのメールに『ありがとうございます!』という無難な返信をしていると、背後に気配を感じた。携帯を閉じて、警戒しながら振り向く。

「あ……れ?」
「よっ!」

そこに立っていたのは山本だった。
山本が静かに近寄ってくるわけがないという謎の固定観念により、絶対に山本ではないと思っていたのに。固定観念、よくないね。

「浜内、お疲れ」
「山本もお疲れ〜。ありがとね、借りられてくれて」
「いや、『友人』ってお題で俺を選んでくれたことが嬉しいぜ」

ツナとか獄寺とかいるのによ と山本は暢気に笑う。ツナも獄寺くんも別に友達ではないんだけど、山本からしたら友達に見えるのかな。むしろこの男、人類みな友達と思ってそう。

そんなことを言うわけにもいかないので、適当に笑っておく。時々発動する山本節は本当に面白い。あんなボケ、かなりの天然か、計算ずくでしか出来ないだろう。山本は限りなく前者。

そんなことを考えていると、100m走に出場する選手への集合がかかった。

「あ、呼ばれた」

そうだ、山本は100m走に出るんだ。
じゃあ、行ってくるな 手を挙げた彼の背中を力一杯押し出す。

「一位、取ってきてね!」
「分かった!」

押し出された勢いのまま、山本は集合場所に駆けていった。何もここで体力を使わなくてもいいのに。それでも山本は一位になるだろうから、さっきよりはちょっぴり前で応援していよう。