034




秋も深まり、体育祭が近付いてきた。
並中の体育祭は縦割りのチーム編成で、A・B・Cの3つのチームで争う。

特にクライマックスに行われる"棒倒し"は男子総出で争われ、とても盛り上がるらしい。
総大将が棒のてっぺんに登り、相手のチームの総大将を地面に落としたチームの勝ちという変則ルールで、聞いた話では毎年怪我人続出の体育祭の華。

私のチームであるA組の総大将は笹川先輩のはずだったのに、彼は兵士として戦いたいから辞退するみたい。
なんてわがまま。それが通ってしまうんだから驚きだ。

こうして総大将に穴が開いたのだが、これはすぐ埋まることになる。笹川先輩がツナを推薦したのだ。
なにやらツナは笹川先輩に気に入られているらしく、そのまま流れで総大将に決まってしまった。

大丈夫だとは思えないけれど、いざとなれば死ぬ気になるだろうし、女子の私は参戦しないので楽しく応援させてもらおう。

ちなみに私の競技は借り物競走。
足の速さは特に自信がないので、速さだけでは競わない競技にした。難しいお題を引かなければ問題ないだろう。


そしてここからが本題なのだが、なぜか私は今、風紀委員長と体育祭準備の見回りをしているのである。
こっちは競技とは違い問題しかない。

風紀委員長といえばそう、彼しかいないわけで。
私は雲雀さんの隣に付き添い、体育祭準備を見回っている。

メールでいきなり応接室に呼ばれたかと思えば「来て」と言われ、今までただついて回っている。

雲雀さんはちゃんと仕事をしているみたいだけど、そもそも風紀委員ではない私は暇で仕方ない。声には出せないけれど。

雲雀さんは体育祭準備をサボっていた二年の体育委員を三人締めるとこちらに歩いてきた。
私はそんな様子をベンチに座って見守っていた。

見守っていたというか、見ない振りをしていたというか。
出来るだけ視界に入れないようにしていた。

だって、雲雀さんは手加減をしないから普通に血は舞うし、骨が折れるような音もする。
普通…というものでもないが。
何回も雲雀さんに咬み殺されている私だが、手加減をしていただいているお陰かなんとかピンピンしている。
気絶は三回しています。

「終わったよ。見回りを続けよう」
「はい…」

今日、彼に咬み殺されたのはこれで七人目。
体育祭を明日に控え、病院送りにされるなんてかわいそうに。そしてそれを目の前に見せられる私もかわいそうに。

出来れば彼の仕事っぷりを不良たちに見てもらいたい。
真っ直ぐ生きようと思えるから。踏み外した道を何がなんでも元に戻そうと思えるから。
それぐらい恐ろしいものなのだ。風紀委員は。
特に雲雀さんは。

ところで雲雀さんはどうして私を呼んだのだろう。
聞いたら多分「知らないよ」と、まったく私の台詞であろう言葉を言われそうなので問いかけないが、謎は深まるばかり。
彼的にはこれも群れにならないらしいし。

雲雀さんの基準とか、行動原理とかを解き明かしてみたい。
いや……迷宮入りになるだろうな。

「あ、そうだ雲雀さん」
「なに?」
「雲雀さんは何組なんですか?」
「僕はどこにも属さないよ」
「知ってました」

聞いた私が馬鹿でした。
そうだよね。どのクラスにも属していないのだから、どの組にも属していないのはすぐ考えつくことだ。
もしかして組はあるのかもと期待したのがいけなかった。

「君はA組だね」
「はい、A組です」
「競技は何に出るの?」

雲雀さんの隣に並びながら校舎の廊下を歩いているとそう聞かれた。周りの生徒は雲雀さんが近付くと作業をやめ、頭を下げる。
私にまで下げられているように感じられて罪悪感がすごい。そして女子の視線は羨望から憤怒まで色々で、後ろから刺されないか心配です。
新月の夜は気を付けよう。

「競技は借り物競走に出ます」
「走れるの?」
「いいえ。走れないので、借り物競走にしました」
「そう」

雲雀さんは私の方を見ると微笑を浮かべた。

「基本的に体育祭は応接室で過ごすつもりだけど、借り物競走だけはちゃんと見に行くよ」
「え、や、やめてくださいよ!」
「どうして」
「だ、だって……雲雀さんが見に来たら負けられないじゃないですか!」

雲雀さんは私の言葉に目を丸くし、足を止めた。私も足を止め、彼を見据える。
しばらく無言の間が続き、彼はくすりと笑った。

「そうだね。僕の前で負けたら許さないよ」
「ほ、ほら!!」
「頑張って。わざわざ見に行くんだから」

雲雀さんは意地悪げに言って、私の頭を撫でる。背後で女子の黄色い悲鳴が聞こえた気がした。
……本当に気を付けよう。今ので刺される可能性が倍ぐらいになった。

雲雀さんは肩にかけた学ランをたなびかせながら歩き出す。
私はその背中を忌々しく見つめながらも、追いかけた。