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夏休みが開けてから数日。
なんの変哲もないある日、昼休みになってから唐突に雲雀さんからメールが来た。内容は「風紀委員室が応接室になった」ということ。なんでいきなりそんなことを、と思ったが、これはどう考えても応接室に来いっていう主旨のメールだ。
私は携帯をスカートのポケットにしまい、席を立つ。早くしないと「遅い」という一言と共に咬み殺されてしまう。
しかし廊下は走れないので、早歩きで応接室を目指した。



「あれ……?」

応接室の前に人影が見える。
誰だろうと目を凝らし、驚愕する。

「山本!ツナに獄寺くんまで!!」

慌てて駆け寄ると暢気に挨拶をされる。この三人、いったいなんの用事があって応接室なんかに。ここは滅多なことがない限り生徒は使わないはずなのに。

「今から応接室をアジトにすんだよ」

私の疑問に答えてくれたのは獄寺くんだ。その言葉に血の気が引く。
アジトにするって、応接室を?
今ここには確実に雲雀さんがいる。この応接室を…!?

そんなことしたら咬み殺されるのは分かりきっていること。

「わ、ま、待って…!!!」

感嘆の声をあげながら応接室の扉を開ける山本の腕を掴む。
どうしたんだ?と山本は首を傾げるが、上手く言葉にならなくて首を振ることしかできない。

「君、誰?」

あ、もうダメだ。
応接室から聞こえた声に、ぎくりと肩が揺れる。

やっぱりいた。もういた。
雲雀さんだ。この声、雲雀さんだ。
私はそっと山本の腕を離す。群れてませんよ。ええ、私は群れてません。

山本は応接室にいる彼に目を見開いている。知っているよね、並中生だもんね。

私は壁に身体を預け、息を潜める。いることはバレているだろうけど、群れていないということを証明しないと。

「浜内胡桃子」

証明したいのに……。
雲雀さんの私を呼ぶ声は、大きい訳じゃないのにしっかりと耳に届いた。逃げられない。

私は仕方なく応接室に入ることにした。山本に待て!と言われたが、これで待ってたら咬み殺されるから、悪いけど聞き流す。

「君には後で話があるから、大人しく座っていてくれるかい」

雲雀さんの言葉を聞くと身体が思い通りに動かなくなる。私は黙って応接室のソファに座った。

見ると山本の後ろから獄寺くんが雲雀さんを睨み付けていた。睨み付けるというか、平常運転だけど。
彼を捉えた雲雀さんの目がぎらりと光る。
南無………。

「風紀委員長の前ではタバコを消してくれる」

私の方からは雲雀さんがトンファーを取り出したのが視認できた。
獄寺くん、ごめんなさい。私は祈ることしかできません。
両の手を擦り合わせていると雲雀さんが口角を上げた。怖すぎる。

「ま、どちらにせよただでは帰さないけど」
「!! んだとてめ−−−」

「消せ」


一瞬だった。
雲雀さんの言葉に腹を立てた獄寺くんが山本を退けて前に出て、その時にはもう彼がくわえていたタバコの先っぽは切り落とされていた。
雲雀さんのトンファーによって。

「なんだこいつ!!」

危機を感じたのだろう獄寺くんは飛び退いた。
トンファーで「切る」なんて、本当に意味が分からないけれど、それを成してしまうのが雲雀さんだ。出来ればもう関わらないで、三人とも引き取って。

「僕は弱くて群れる草食動物が嫌いだ。視界に入ると……咬み殺したくなる」

ずっ と低くなる彼の言葉に背筋が凍った。あの獄寺くんも山本も顔を青くしている。

その時、獄寺くんの脇を抜けてツナが応接室に入ってきた。「へー」なんてとぼけた声を出しているがそれどころじゃない。

「まてツナ!!」
「来ないで!!」

私と山本の声が重なる。
どうしたの とでも言いたげなツナの顔に一撃。雲雀さんのトンファーが決まる。

「1匹」

トンファーをもろに食らったツナの身体は応接室の壁際まで転がっていく。

それを許さないのは獄寺くん。
彼は青筋を浮かべ雲雀さんに向かっていくが、初撃をかわされ、顔面に一発。

「2匹」

雲雀さんの淡々とした声が応接室に広がる。獄寺くんの身体は床に倒れ伏した。血が、流れている。

「いや、ダメ……」

滅多に怒らない山本が眉間に皺を寄せている。雲雀さんはトンファーを構えると、山本に猛攻を開始した。
山本はその反射神経でトンファーを避けているが、雲雀さんは嬉しそうに微笑む。

「ケガでもしたのかい?右手をかばってるな」

雲雀さんの言葉に山本の身体の動きが一瞬鈍った。「当たり」雲雀さんは山本の右手を蹴り飛ばす。
彼の右手は骨折して、やっと包帯が外せてきたとこなのに。

「3匹」

雲雀さんはそう言うとこちらに視線を投げてきた。許せないという思いと、恐怖で涙が浮かんでくる。

「僕の前で群れたね」
「ちが、わたし、は」
「また泣いてる」

雲雀さんは私の涙を拭うと優しく頭を撫でてくださる。そんなものじゃ恐怖は拭えないけれど。

「君には優しくしたいんだけど……そうも言っていられないみたいだから」

トンファーを構えた雲雀さんに視界が歪んだ。
きっと、今の私はすごく不細工な顔だろう。よく分からないところに思考が飛んでいく。

「ちょっと痛いけれど、我慢できるね?」

そう言って、彼のトンファーは振り下ろされた。