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山本がくれたぬいぐるみを手にして祭りを回る。目当ての焼きそばはまだ買えてない。

もしかして屋台が出てないのかなと考えていると、屋台の始まり付近に焼きそばの文字が見える。見付けたのが嬉しくて駆け出すと、足元からぷちりという音がして、身体が傾いた。

「きゃっ」

我ながら可愛らしい悲鳴が出たものだ。浴衣で転んでしまった。足元を見るとどうやら鼻緒が切れてしまったみたい。
倒れたままでいると周囲から視線を感じた。私を羞恥が襲う。
焼きそばとか今はどうでもいいからここから離れたい。

私は鼻緒の切れた下駄を脱ぎ、片足でなんとか屋台裏の草むらに身体を偲ばせる。
なんでいきなり鼻緒が切れてしまうんだ。さっきまで普通に歩けていたのに。
何か悪いことがあるとでも? むしろ衆人環視の中で転んでしまったことが既に悪いことだ。

「はぁ……どうしようこれ…」

流石に鼻緒の直し方なんて知らない。仕方ないのでお母さんに迎えに来てもらおうと提げていた巾着から携帯を取り出した。

「あれ?」

携帯を開くとメールの着信があった。
誰からだろうと確認すると、雲雀さんの名前があり、直ぐ様内容に目を通す。

『もしかして祭りに来ているのかい?』

なぜいきなりそんなメールを、と思わなくもないが、雲雀さんを待たせるわけにはいかないので素直に返信する。私の返信から間も無く、雲雀さんからの返信が来た。

『今、焼きそば屋の前で転んだのは君だね?』

「え」

うそ。見られていた?
私は草むらから少し顔を出して、通りに目をやる。その中心に携帯を片手に立っている雲雀さんがいた。制服を着て、腕には風紀の腕章。仕事で来ているのだろうか。
その時、祭りに来たばかりの時に聞こえた悲鳴がフラッシュバックした。まさか、そんな。そんな、仕事なわけないよね?

通りに立っている雲雀さんは人込みを掻き分けると、真っ直ぐこちらに歩いてくる。場所はもうバレているみたい。というか、一部始終を見られていたのだろう。不特定多数の誰かに見られるより、遥かに恥ずかしい…。
逃げてしまいたいと思うが、ここで逃げたら咬み殺されるのは必至なので、なんとか踏みとどまった。

「いた」

草むらを掻き分けた雲雀さんは私を見付けてくださる。しかし、私を捉えたその目を少し丸くされた。

「浜内……?」

久しぶりに名前を呼ばれたのが嬉しくて、つい笑顔で頷いてしまう。すると彼は安心したようにため息を吐いた。

「一瞬別人に見えたよ」
「浴衣を着ているからですか?」
「さぁ」

山本の時も言われたが、そんなに面影がないだろうか。少し心配になってしまう。雲雀さんはちゃんと答えてはくれなかったが、そういうことだろう。

「さっきはどうしたの」
「さっきですか?」
「転んだみたいだけど」
「ああ…」

出来れば追求してほしくないことだけど、逃げることは出来ないので、私は鼻緒の切れた下駄を差し出す。彼はそれで察してくれたらしい。

「直すことは出来るけれど、生憎今は布を持ち合わせていなくて」
「あ、構いません。とりあえずお母さんに迎えに来てもらうつもりなので」

「だから大丈夫ですよ」と告げると、彼の眉が跳ねた。これは余りいい反応ではない。何かが気に障ってしまったっぽい。どこがいけないのかが分からないため、謝ることも出来ずにオロオロしていると手をとられた。

「僕はバイクで来たんだ。送っていく」
「え、待ってください…!」

バイクってどういうこと!? 疑問が渦巻くが、「何か文句があるのかい?」と睨まれてしまえば何も言えない。そうだ、彼は雲雀さん。バイクぐらいで驚いていられない。

それより、送っていく の方を気にしないと。
しかし彼は質問の余地を与えないようにズンズンと歩いてしまう。
片足ではついていくのがやっとのスピードだ。彼に手を握られ、支えられているとはいえ歩きづらい。

気付くと祭り会場を出ていた。
会場に隣接する一本の通りにバイクが止まっていた。どう考えてもこれが雲雀さんのバイクなのだが、予想以上に立派な…。

「ほら、ヘルメット」
「え、あの、雲雀さん、ヘルメットは…」

彼から投げ渡されたヘルメットを手に、疑問を投げ掛けると、くいっと首を傾げられてしまう。
はい。雲雀さんでした。疑問を抱いた私が間違っていました。

「後ろ、乗って」
「は、はい…」

私は鼻緒の切れた下駄を巾着にしまいこみ、ぬいぐるみを片手で抱いて、雲雀さんの後ろに乗った。浴衣の関係で横向きに座るしか方法がない。

「ゆっくり走るけど、掴まって」
「分かりました……」

私は空いているほうの手を雲雀さんの腰に回す。彼は満足そうにこちらを振り向くと、エンジンを噴かした。

まさか雲雀さんのバイクに乗るなんて。少し前の私では考えられないことだけれど、腰に回した手からはちゃんと熱が伝わってきて、現実なのだと認識する。

今なら怒られないだろうと、雲雀さんの背中に寄りかかった。