イタリア最終日。私はお土産を買うことにした。
お土産と言っても、山本、ツナ、獄寺くん、それと雲雀さんに渡す分だけだ。
同級生三人の分は決まったのだが、雲雀さんだけ中々決まらない。あの人に合わせてちょっと高めの物を買おうとしているのだが、種類がたくさんあって悩んでしまう。
お菓子にしようか、工芸品にしようか。それともアクセサリー? いやでも、雲雀さんはアクセサリー好きそうじゃないし。
やっぱりお菓子にしよう。
消費できて場所に困らない。流石に雲雀さんでも受け取ってくれるだろう。
お土産をお菓子に絞って探してみる。雲雀さんに合わせて、あまり派手ではないものにしよう。
少し高めで派手ではないお菓子。ここまで絞れば候補は限られてくる。さっきまで悩んでいたのが嘘みたいにすんなりと決まった。
私はそれを手にしてレジに向かう。
店員がそのバーコードを読み込み、何かを言っているがイタリア語は分からない。だから金額が表示されているだろう機器を探してみるのだが、見当たらない。
しまった。分からない。
確かに金額を見て決めたけど、ユーロ自体の払方がまだよく分かってないのだ。私が財布の中を漁ってオロオロしていると、店員が声をかけてくる。
何を言っているのか分からない。それが私の混乱を助長する。
「え、あ、その」
どうしよう。頭の中がこんがらがって来たその時、私の左側から手が伸びた。
「え……?」
驚いてそちら側を見ると、なんとベルが立っているではないか。彼は驚愕の声をあげかける私に気付いているのか、口許に人差し指を当てて笑っている。私はそれに習って口を閉じた。
ベルは私の代わりに店員と話をしてくれた。流暢なイタリア語に彼がイタリアに住んでいる人であることを思い出す。二人でいる時は普通に日本語で話していたから、そんなことも忘れてしまっていた。
成り行きを見守っていると、ベルが何かを取り出し、店員に差し出す。店員はそれを見て目を見開くと、丁寧に腰を折った。
ベルが取り出したのは黒いカード。
って、黒いカード?
「ベル、それ!」
ブラックカードだよね! と聞こうとした口をベルの手のひらで押さえ込まれてしまった。
そうこうしている内に精算が終わり、店員に包装されたお土産を渡される。私はお金を払ってないから受け取ることを渋っていると、ベルがそれを受け取った。行くぞ と声をかけられたため、慌ててその背中を追って店を出る。
「ほーら、胡桃子のお土産」
ベルは手にしていたそれを当たり前のように私に差し出してくるが、私にとっては当たり前ではない。
「ベル、助けてくれてありがとう。そのお菓子、いくらか分かる?」
「知らね」
「え?」
「カードで払ったんだし、知らねーよ」
ベルはいいから受け取れとお土産を近付けてくる。申し訳ないけれど、買いたかったのは事実だし、それを受け取ることにした。
「ありがとうベル……。何か奢るよ」
「別にいーってば。王子はそんなこと気にしねーよ」
「私が気になるの!」
「はいはい。言うと思ったわ」
ベルはケラケラと笑い、私を小突いた。痛くは無いが反射的に目を閉じてしまう。
文句を言ってやろうと瞼を持ち上げると、もうそこにベルはいなかった。
払い逃げ……?
そんなの初めてだ。
ほんとは、優しいなぁと感心することかもしれないが、私の中には妙な悔しさが渦巻いている。
私は直ぐ様携帯を取り出し、ベルにメールを打つ。
イタリアで知り合ったスパナくんやベルとはもうかなりメールを交わしている。獄寺くんは一日に一回は勧誘メールを送ってくるし、両親とのやり取りもちゃんとしている。
ただ一人、雲雀さんだけは、アドレスを交換した日以来まだ一度もメールが来ていない。
来ないことに越したことは無いけれど、少し寂しい。
とはいえ、私からメールをするのも気が引けて、結局まだやり取りが出来ていないのだ。
日本についたら、一度メールしてみようかな。帰ってきましたってそれだけなら、理由もちゃんとあるし、雲雀さんの迷惑にはならないだろう。
そう決心をして、私はベルへのメールを打った。
『ベルが日本に来た時、このお礼をするから!』
送信して間も無く、返信が来る。やはり、ベルは打つのが早い。
『ししっ♪王子、楽しみにしてる』
なんとか借りを返す約束に漕ぎ着けてひと安心。少しばかりの悔いと、罪悪感はきれいさっぱりなくなった。
その代わり、日本に来た彼を精一杯もてなそう。じゃないと、次はそれが悔いになりそうだ。
私は携帯を鞄にしまい、お土産片手に親との集合場所に向かう。
楽しかったイタリア五日間ももうおしまい。
口惜しいけれど、日本に帰らなければ。
日本に帰ったら宿題やらなきゃ。あとお祭りにも行きたい。海やプールも。山本を誘ってみようかな? 遊んでくれるかな?
私は足軽に、イタリアの石畳の道を歩いた。