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イタリア三日目。二日目は大人しく過ごし、常に親の側にいたからか、三日目の今日は単独行動のお許しが出た。

私は意気揚々と街に繰り出した訳だが。嫌な気配をずっと感じる。

ディーノさんと歩いていた時に感じていたものと似ている。すごく居心地が悪い。こんなことなら今日も親の側にいればよかった。いつもこうだ。後悔ばっかり。

なんとかその気配を振り払いたくて走り出す。嫌な気配も、距離感を保ちながら追いかけてきた。

「なんなの、ほんと!!」

人混みを抜けて、路地に入り、裏道に出る。なりふり構わず走るしかない。
ホテルに戻ろう。今日はダメだ。怖い。危ない。

一昨日みたいに消えてよ。

そう願った時、気配が消えた。
驚きで思わず足を止めてしまう。どうしたのだろうと辺りに目をやって、感覚を研ぎ澄ましてみるが、なにも感じない。

「ししっ♪やっぱ、王子最強」
「だれ…!?」

特徴的な笑い声が人のいない裏道に広がった。聞こえた方を見ると、そこには金髪の少年が立っている。

また、綺麗な金髪。
しかし、胸が踊る前に前髪の長さとティアラが気になって仕方ない。すごく、オリジナルな人だ。笑い声含めて。

「もしかして追われてたのお前…?」
「た、多分…」

私が頷くと少年は私の全身を見て、「地味な日本人だな」と漏らした。確かに地味な日本人だけど真正面から言わなくても…。
というか、なんだこの人は。いきなり現れて失礼なこと言って。

「お前が囮になってくれたお陰で、すっごーく仕事が楽になったから感謝してるぜ〜」
「仕事……?」

そうそう と少年は笑い、歩み寄ってくる。少し身震いがするが、不思議と怖くはない。

「お前、名前は?」
「浜内、胡桃子…です」
「そっ♪胡桃子ね!オレはベル。ベルフェゴール。ベルって呼べよ」

ベルと名乗った彼は私の手をとる。すると歯を見せて笑みを濃くした。

「王子が大通りまで案内してやる」

ありがたいのはありがたいんだけど、なんでこの人が話しかけきたのか、なんで気配が消えたのか、分からないことばかりで混乱してきた。

「胡桃子」
「あ、はい」

路地を歩きながらベルが声をかけてくる。さっきまでの楽しそうな雰囲気はない。

「お前、なんでつけられてたんだよ」
「え?」
「逃げてたろ」

なんでこの人、私がつけられて逃げていたことを知っているのだろう。謎は深まるばかり。
私が分からない と答えると、ベルは短く ししっ と笑った。

「粗方どっかの重鎮に接触したんだろ。あそこはキャバッローネを目の敵にしてっから、そこら辺だろーな」
「あの、なんの話ですか?」
「あー、めんどい」

ベルは首を巡らせると、また楽しそうに歯を見せて笑う。

「お前を追ってきてたやつ、オレの仕事相手でさ、ちゃんと追い払ってやったから安心しなってことだよ、うしし♪」

ようするに。もう大丈夫、ということだろう。
先ほど気配が無くなったのは、ベルが追い払ってくれたからなのか。なぜ追われてたのかは分からないけれど、助けてもらえてよかった。

「ありがとうございます。なぜ追われてたのか分からなくて、怖くて、とても不安だったんです」

安心したら涙が出てきた。
助けられてばっかりだ。私は。
ベルはそんな私にぎょっとした様子だ。泣いてることに驚いているんだろう。必死に涙を拭い、笑みを作る。が、余り上手くいかない。

「あのさぁ…泣かれるとめんどくさい」
「ごめん、なさい」
「敬語もめんどくさい」
「ごめん…」
「謝られんのもめんどくさい。別にお前悪くねーじゃん」

むしろ追われてくれて感謝してんだぜ? と言うベルは、やっぱりよく分からないけれど、落ち着く。私が精一杯笑みを浮かべるとベルも満足そうに笑った。

「ほら、大通り」
「あ、ありがとう!」

ベルに連れられ歩いていると、大通りに出た。やはりもう気配はない。これで心置き無く観光できそうだ。

「胡桃子」
「なに?」
「ここらへん、案内してやるよ」
「え?」

ベルは悪戯っ子のように笑うと、私の手を掴んだまま勝手に歩き出した。強い力は振りほどくことが出来ず、ついていくしかない。

「案外仕事が早く終わって暇になったんだよねぇ。これも全部胡桃子のお陰だし、お礼にここらへんを案内してやるよ!ししっ♪」

やはりベルの言っていることの半分も理解できないが、結論は分かった。私がお礼をしたいぐらいなのに、案内してくれるのだという。
断ろうかとも思ったが、楽しそうなベルを見たら言い出しづらくなり、結局案内されることにした。