025




迷わないように気を付けていたのに…迷った。
日はほとんど落ちてしまい、街灯が街を照らしている。もうすぐ9時になるだろうけど、街中は観光客で溢れている。これじゃあ思い通りに進めないし、暗くて道がよく分からない。

どうしよう。誰かに道を聞こうかな?でも、イタリア語なんて話せないし、英語だって話せない。こんなことなら小さい頃から英会話習っていればよかった。

目指すホテルが載っているガイドブックを片手に辺りを見渡していると肩を叩かれた。もしかしてお母さんが探しに来てくれたのかもしれないと期待しながら振り向く。

目を、奪われた。

お母さんではなかったけれど、もう迷子であることを忘れてしまいそうなほど綺麗な金髪に、目を、心を奪われた。

「困りごとか?」
「え、あ、はい!」

緊張で上手くしゃべれない。美しい金髪を持ったその男性は私が緊張していることに気付いたのか、苦笑いを浮かべている。
顔もすごく整った人だ。ふわっと柔らかそうなその金髪にどこか妖艶なたれ目がとても似合っている。

心臓が、うるさい。
これが、一目惚れというやつなのかもしれない。

「オレはディーノ。見ての通り、イタリア人だ。お前は?日本人だよな?」
「わ、私は浜内胡桃子です!日本人です!」

そっかそっかと彼は笑みを浮かべ、私の頭をがしがしと掻き撫でる。頭に全神経が行く。乱暴に見えて優しい手つきに胸が踊った。

「で、困りごとだよな?」
「はは、はい!あの、ま、迷ってしまいまして!」

私は手にしていたガイドブックのホテルのページを指差し、このホテルを知りませんか? と聞く。すると彼は目を丸くした。

「おいおい、そのホテルはこっちじゃねーよ」
「ええ!?」

方向感覚はしっかりしていたと思ったのに…。知らない道じゃあなんの意味も無いということか。
思わず落ち込んでしまう。
肩を落として項垂れていると、彼は はははっ と笑い、私の手をとった。

手を、とった?

「オレが連れていってやるよ。どうせそっちに用があるからな」
「ど、えええ!?いいんですか!」

嬉しさの余りディーノさんの手を握り返してしまう。ああ、ああ、なんて素晴らしいのイタリア人。金髪で優しくてかっこよくて。私、出来るならイタリア人に嫁ぎたいぐらい。

ディーノさんに手を引かれ、人混みの中を歩いていると、誰かの視線を感じた。背中がぞくりと震える。
今の感覚は余りよくないことが起きるときの…。

気になって人混みに意識を向けていると、前から声がかかる。

「あんまり気にすんなよ。すぐなくなるから」
「え……?」

ディーノさんのその言葉通り、すぐに視線はなくなった。なんだったんだろう、今の視線も、ディーノさんも。

それに……それを感じてしまう私も。
本当に、冗談みたいに思っていた危機察知能力が備わっているということだろうか。それならそれで大歓迎。危ないことは嫌いだから。避けれるなら避けてしまおう。


それから何度か視線を感じたが、何かが起こることもなく、無事にホテルに着くことが出来た。ホテルの前には両親が立っている。とてもご立腹のよう。

「ほら、胡桃子の両親、心配してるみたいだぜ?」
「そうみたいです…」

ちょっと行きにくいなぁと考えていたらディーノさんに腕を引かれてしまった。問答無用で親の前に連れていかれる。ディーノさん……中々お節介な人なんだろうな。また素敵な一面を見付けてしまった。

もちろん両親には怒られたけれど、すごく心配されていたのが分かったからちゃんと受け止めた。今日のことは本当に、私が悪い。だからしっかり謝った。
両親は反省しているならと許してくれて、とても嬉しかった。

全部ここに連れてきてくれたディーノさんのお陰。
彼が私に気付いていなかったら、今でも迷子だったかもしれないし、もっと大事になっていたかもしれない。

「もう親を心配させたりすんなよ」

また私の頭を掻き撫でる彼には感謝してもしきれない。でも何かお礼をしたくて、思い出した。

「あの、これ」

安心したように笑っている彼に差し出すのはスパナくんお手製の飴。とっても美味しいから、お礼になればいいなと思って差し出してみた。

ディーノさんは驚いたようにそれを受けとると、すぐに「Grazie!」と笑ってくれた。確か、イタリア語でありがとう…だった気がする。

「でも、これ、珍しい形だな」
「あ、お手製なんです」
「ええ!?」

ディーノさんは胡桃子が作ったのか!? と聞いてくるが、言い方が悪かったようだ。私は違いますと首を振り、この飴をくれた彼のことを思い出した。

「これは、私の友達が作ったものです!」

友達なんて言い慣れない言葉が、自分の口からなんの迷いもなく出たことに驚く。
変わったのはツナや環境だけじゃない。
私も少しずつ変わってきているのかもしれない。