スパナくんに手を引かれ、郊外にたどり着いた。
先ほど親に送ったメールに返信がきて、「楽しんでらっしゃい!」という暢気な文面に呆れてしまった。久しぶりに夫婦水入らずの時間が嬉しいのだろう。まぁ、私たちが観光していた街が治安がかなりいい、ということもあるみたいだが。私は郊外に来てしまったわけだけど。
「ここ、おじいちゃんの店」
「お店?」
「ん。ジャンク屋」
スパナくんは店というより、ガレッジのようなその建物を指差す。建物には看板がかけられているがイタリア語で書かれていて読むことができない。
「ジャンク屋って、えーと…」
聞きなれないお店だ。聞いたことはあるけれど、いまいちどんなお店かは分からない。
スパナくんはお店の中に私をあげてくれる。中には壊れた電子レンジや、たくさんの工具が転がっており、オイルの臭いが充満している。なんとなく、どんなお店かが分かった気がする。
お店の中を突っ切って、スパナくんは奥にある階段を上り始めた。まだ手は繋いだままなので、私も必然的に階段を上る。
「今、おじいちゃんは外に出てる。うちしかいない」
「そうなの?」
「ん」
確かにさっきから人の気配を感じなかった。スパナくんのお爺様、きっと綺麗な金髪だろうし、面白そうだから会ってみたかったけど残念。
「ここ、うちの部屋」
スパナくんの背中を追い入った部屋は、部屋…というより作業場に近い。確かに彼は「作業場くる?」って言っていたけれど、それって部屋のことなのか。
まさか出会ってすぐに部屋に連れられるとは思ってなかった。
侮りがたし、金髪少年。
スパナくんは私に座ってて、というと更に奥の部屋に入っていってしまった。私はどこに座ろうかと考えるが、床には歯車や導線、ネジなどが散乱していてスペースがない。仕方なしにベッドの縁に腰かける。
「これ」
奥の部屋から戻ったスパナくんは私に何かを差し出してくる。
スパナの形をしたピンク色の飴だ。こんなものあるなんて。
「ありがとう…!!」
珍しいし、ちょっと可愛いなと思っているとスパナくんは私の隣に座った。口には飴の棒が加えられているから、彼も同じ飴を舐めているのが分かる。
「スパナくん、これどこで売っているの?」
珍しいから親に買っていったら喜ぶだろうと思い聞くと、彼はふるふると首を横に振った。
「売ってない」
「え?」
「型から全部、うちのお手製」
「お、お手製!?」
スパナくんは当たり前かのように頷くが当たり前ではない。
こんなものが作れるなんて、きっとすごく器用な子なんだ。本当にビックリした。
「勿体ないなぁ」
お手製となると食べるのが偲ばれる。私がいまいち口をつけれずにいると、スパナくんは少しだけ口角を上げてくれた。
「いっぱいあるから、分けてやる」
「え?いいの?」
「暇があればたくさん作って、余ってるから、いいよ」
スパナくんはまた奥の部屋に入ると、大量に飴が入った袋を持って出てきた。流石に多すぎると思うのだが、彼自身処理に困っていたみたいなので受けとることにした。
「こんなにありがとね。何かお礼をしたいんだけど…」
「じゃあ…!!」
私の言葉にスパナくんの雰囲気が変わる。生き生きとしてるような。
「日本のこと教えて!」
「え、日本?」
「うち、日本好きだけど、行ったこと無い。だから教えて…!!」
私だってそんなに詳しいわけではないが、スパナくんよりはわかるはず。いいよ と答えれば、彼は満面の笑みを浮かべてくれた。
飴を舐めながら日本のことを話していると時間があっという間に過ぎていた。外は明るいが、今は何時なんだろうと疑問を抱きスパナくんの部屋にある時計に目をやり驚く。
「え、8時30分!?」
いつの間にそんなに時間が。確かにイタリアは日本より日の入りが遅いらしいけど、それにしても遅すぎないか。
私は慌てて両親に連絡を入れた。案の定すごく叱られた。
「ごめんね、スパナくん!私ホテルに戻らなきゃ!」
「ん?胡桃子、帰る?」
「うん!」
私の返答にスパナくんはしゅんと肩を落としてしまった。そんなあからさまに寂しがらなくてもいいのに!帰りづらいよ!私も寂しくなってしまう…。
「あ!そうだ!」
私は持っていた鞄から紙とペンを取り出し、そこに携帯のアドレスと番号を書く。そしてそれを彼に渡した。
「今日はありがとね、スパナくん!これ私の連絡先だから、いつでも連絡して!」
彼は紙を受けとり、書かれた文字を目にするとふにゃりと笑顔を見せてくれた。つられてこっちまで笑顔になってしまう。
「ありがとう胡桃子」
「ううん。こちらこそ」
ガレッジの前までついてきてくれたスパナくんに手をふり。別れを告げる。
本当にいい友達が出来た。
別れは惜しいけど急がなければ。
日が落ち始めた街を走る。郊外からホテルまでは距離があるから頑張らなくちゃ。幸い、方向感覚に問題はないから大丈夫だろうけれど、迷わないように気を付けよう。