023




雲雀さんが家に訪れた日から少し過ぎ、私はイタリアにやってきた。
空港からホテルに向かい、荷物を置いてから観光にでかける。まずは街中を歩くつもりらしい。

日本とは違う雰囲気、景色、人々に胸が踊る。

そして………。

「金髪……」

惚れ惚れするような天然の金髪が見渡す限りにあるのだ…。

ほんと、イタリア最高…。

正直に言って、食事や観光よりこれを楽しみにしてきている。

個人的に金髪ほど綺麗な髪の毛は無いと思う。獄寺くんの銀髪も、雲雀さんの艶やかな黒髪も嫌いじゃないけれど、やっぱり金髪が一番。

辺りの金髪を気にしながら歩いていると、人にぶつかってしまった。

「うわっ」
「っ」

反動で後ろに倒れ尻餅をついてしまう。よそ見していた私が悪いなぁと反省するその耳に、人が倒れた以外の音が聞こえてきた。なんだろうと思い、反射的に閉じていた瞼を持ち上げる。

工具……?

ペンチとか、ドライバーとかが地面に転がっている。近くには半開きの工具箱も。
さっきの音はこれか。

「あ………にほん、じん」
「え…?」

正面から聞こえてきた声に顔を上げると、同い年ぐらいの男の子がこちらを見ていた。ぶつかってしまった子みたい。彼も尻餅をついているようだからなんとなく分かった。

それにしても………いい金髪だ。

ぼー と金髪を見つめていると男の子は居心地が悪そうに目をそらした。

「あ」

それでやっと今の状況に目がいった。
私、人にぶつかってしまったのに謝りもせず髪の毛を見つめていた。なんて失礼なやつなんだろう。

「あの、ご、ごめんなさい…」

私が謝罪を口にすると、男の子は散らばった工具を工具箱にしまい立ち上がる。そして身体に付着した土埃を払った。
あ、そういえば彼は外人だ。日本語で言ってもだめなのかな。

英語で再度謝罪をしようとした時、目の前に手が差し出された。

「ん…。うち、日本人好きだから、いいよ」
「え、しゃべれるの?」

その手を取りながら聞くと彼は頷いて手を引いてくれる。やんわりとしたその動作が彼の真性を表しているかのようだ。

「うちのおじいちゃん日本が好きだから…」
「それで覚えたんだ」
「ん。うち、スパナ」
「スパナくん。…………ん?ス、パナ?」

どう考えても今のは自己紹介だ。
しかし、名前を名前と認識できないというか。それは工具の名前というか。もしかして偽名なのだろうかとか。イタリアンジョークなんだろうかとか。とりあえず頭の中がぐちゃぐちゃし始める。
少しヨレヨレのつなぎを着て、工具箱を持っているからか「スパナ」っていう名前がマッチしてるようで逆に存在感を放っている。

「スパナ」
「本名?」
「ん。おじいちゃんがつけてくれた」

スパナくんのお爺様はどんな人なんだろう。この短時間でかなり気になる事柄になってしまった。

「スパナ……か、すごいね」
「うん。うちは気に入ってる」
「そっか…」

本当に嬉しそうに言うからもうなにも言えない。本人がそれでいいのなら私がとやかく言うことじゃないだろう。

「………名前」
「え?」
「うち、名乗ったから」
「あ、私の名前?」
「そ」

こくり、どこか控え目に彼は頷き、私をじーっと見つめてくる。身長は変わらないぐらいなのに、彼の方が小さく見えてしまった。

「私は浜内 胡桃子」
「胡桃子」
「そう」
「じゃあ、胡桃子」

スパナくんは満足そうに私の名前を反復すると腕を引いてきた。そういえば手を貸してもらった時から繋ぎっぱなしだ。ナチュラルすぎて分かんなかった。

「うちの作業場くる?飴、あるよ」
「え?私が?」
「うち、あんまり同い年ぐらいの友達、いないから」
「友達いないのは私もだけど…」
「じゃあ、ちょうどいい」

スパナくんはそう言い、ぐいぐいと歩き始めてしまった。このままだと本当に彼の作業場に着いてしまうことだろう。見た目に合わず強引なのかもしれない。

ポケットから携帯を取り出し片手で、私が足を止めてることを知らずに先に行ってしまっただろう親へメールを打つ。

『個人的に観光してきます!
食事の時間にはホテルに戻ります』

そう。私はスパナくんに繋がれたこの手をほどくつもりはない。
むしろ素敵な金髪少年に掴まれて、少し胸が痛いぐらいだ。抑えても抑えてもドキドキがなくならない。

お母さん、お父さん、ごめんね。
私はイタリアでの素敵な出会いに感謝して、スパナくんについていこうと思います。悪い子には見えないから安心して二人で観光していて。
私はこれで幸せです。

「胡桃子?」

先ほどから無言な私をおかしいと思ったのか、スパナくんがこちらを振り向いてきた。私はメールを送信し、「なんでもないよ」と笑って携帯をポケットにしまいこむ。

ありがとう。金髪少年との出会い。

イタリア、最高。