022




なんとかトンファーでの攻撃をやめてもらい、暢気に読書を再開させた雲雀さんを放っておいて私は旅行の準備の続きを始めた。

とりあえず今できる分の準備を終え、ふと思い出す。

「あの雲雀さん」
「なに?」

彼は本を置き、顔をあげてくださった。さっきまでの殺気はどこへやら、まったくけろっとしている。

「雲雀さんは携帯を持っていますか?」

雲雀さんは私の問いには答えず、パンツのポケットから何かを取り出すとこちらに投げてきた。なんとかそれを受け止めて、確認する。
黒い、携帯だ。

「え、これ」
「僕の携帯」
「あ、はい」
「アドレス、登録しといてよ」

なるほど、そういうことか。私は自らの携帯を取り出し、おかしなことに気付いた。

「私、雲雀さんに携帯買ってもらったこと言いましたっけ?」
「聞いてないけど」
「じゃあ、なんで私が携帯を持っていることが分かるんですか?」
「馬鹿なの?」

冷たい目で辛辣な言葉を吐かれ、流石に傷付いた。なんで私がそんなこと言われないといけないの。

「はぁ……これだよ」

雲雀さんはその細い指で何かを掴む。それはまさしく携帯の充電コード。

「こんなの、部屋にあったら分かるでしょ。携帯を持ってない人が持ってるわけないんだから」
「そ……そうですね…」

理由を言われてしまえば、確かに馬鹿なのかもしれない。ちょっと気にして考えれば、誰でも分かることだ。
雲雀さんが特になんの反応も示さないから部屋に興味がないものだと思っていた。結構細かいとこまで見られている。

「ねぇ、アドレス登録早く済ませてくれない?」
「はい…!!」

私は少しだけ雲雀さんの携帯を借り、彼のアドレスを調べ、それを自分の携帯に打ち込んで登録した。逆に私のアドレスを雲雀さんの携帯に登録する。

「あの、できました」
「返して」

投げていいからと言われ、私は彼の携帯を投げ渡す。雲雀さんは受け取った携帯を開き、何か操作を始めた。

何をしているのかなと考えながら携帯を机の上におく。その時、私の携帯が音を出した。

「わ!」

私は慌てて携帯を手にし、開き、驚く。

液晶には雲雀さんの名前。

雲雀さんからメールだ。
目の前にいるのに。

どうしたんだろうと思い、メールに目を通してみた。

『こんにちは。
ちゃんと届いてるかい?
よろしく。』

とっても律儀な、挨拶のメールだった。思わず吹き出しそうになり、我慢する。しかし、吹き出しそうになったことに雲雀さんは気付いているらしく、ちょっとムッとしていらっしゃる。
私は今にも溢れそうな笑い声を飲み込み、そのメールを保護した。はじめて雲雀さんを身近に感じた記念。大切にしよう。

そのメールをニヤニヤしたまま見ていると、頭上から声がかかる。

「返信は?」

その一言で私の笑顔は引っ込み、直ぐ様メール作成ページに移動。調子に乗ってニヤニヤしてしまった。返信そっちのけで。

作成ページを開いたはいいけれど、なんと返信すればいいのか。とりあえず謝らなきゃ。

『すいません!
気を付けます(;>_<;)
でも…
すごく嬉しいです!
よろしくお願いいたします!』

よし、当たり障りの無い文だ。
短い文なのに二回ほど読み返して誤字や脱字がないかを確認してから送信を押す。

それから間も無く、私の部屋に並中の校歌が流れ始めた。

これは……まさか……。
いや、どう考えても雲雀さんの携帯から聞こえる。
並中の校歌なんてどうやって手配したのだろうか。この人、ほんとにやることなすこと全て規格外だし、並中愛は計り知れない。

雲雀さんは携帯を手に取り、開く。校歌が鳴りやんだ。やっぱり雲雀さんの着メロ…。

彼は私のメールを確認してから携帯を閉じた。返信はしないらしい。別にほしいって訳じゃないけれど、ほぼ無理矢理返事を書かされた身からすると少し気になる。

「あのさ」

そこら辺どうなんだろうなぁと唸っていると雲雀さんの声がした。彼の声は低くて、聞き逃しかける。
「どうしたんですか?」私が聞けば、彼は目を見開いてため息を吐いた。え、私何かおかしかったかな?

「あの、雲雀さん?」
「ごめん。なんでもないよ。僕の勘違い…早とちりだよ」

そう言うと彼は携帯に何かを打ち込み始める。しかしそれが気に入らないようで少し顔を歪ませると閉じてしまった。閉じる前、クリアを連打してた気がするんだけど、何が嫌だったのだろう。

「じゃあ、僕は帰るよ」
「あ、はい」

唐突に帰宅宣言をした雲雀さんは本と携帯をポケットにしまいこみ、立ち上がる。

私も立ち上がり、雲雀さんを玄関まで送った。

彼が帰ってから気付く。
私、すごい人が家にきたんだ。
今さらな自覚が私に激しい羞恥を与えた。