019




今日は家庭科の調理実習があった。
作るものはおにぎり。中身はそれぞれで好きなものを使っていいことになっている。
私は昆布とシャケとおかかだ。
どれも私が大好きな具材。

ちなみに実習をするのは女子だけで、男子はその間別の授業を受けている。
そして作ったおにぎりを男子にあげるというのが一連の流れだ。
男子が女子のもとに貰いに来たり、女子が好きな男子にあげたり……。
これがかなり盛り上がる。
どこかバレンタインを彷彿とさせる一種の恋愛イベント。

といっても、私には好きな男子はいないし、誰にあげるかなんて考えてない。みんな獄寺くんにあげるみたいだったから私は適当に配れたらそれでいいや。

「よ、浜内」

とりあえず誰かが取りに来るまで待ってようとその場から動かずにいると、山本が声をかけてきた。

「よ、山本。おにぎり食べる?」
「食う食う」

山本は三つ並ぶおにぎりを見ながら「どれにすっかなー」と品定めしているもよう。私が「右から、昆布、シャケ、おかかだよ」と細く説明すると、彼は迷わず真ん中をとった。

「山本シャケ好きなの?」
「おう!やっぱりおにぎりはシャケだよな!」

彼はいただきまーすと一気に半分ほどおにぎりを頬張る。いい食べっぷりに私まで嬉しくなる。

「お、うめぇ!」
「あ、よかった!」

山本は二口目で私のおにぎりを完食してしまう。お粗末様でした。
山本はじゃあなと手を振りツナのもとに戻っていく。彼に食べてもらえたならそれでいいかと思ってしまう辺り、私の中の山本の存在の大きさを感じた。

存在の大きさと言えば、雲雀さんも中々の大きさである。
そうだ。この前家まで送って下さったお礼にこのおにぎりをあげたら喜んでくださるかな。

いや……あんな豪邸に住んでるお金持ちのお坊っちゃんが、私なんかが作ったおにぎりで喜ぶわけないか…。昆布もおかかも、彼には貧相なものに映ってしまうだろう。

なんで私こんなに雲雀さんが気になるんだろう。
あの人が意味の分からないことを言うからだ。
彼的には解決したことかもしれないけれど、私的には何も解決してない。

「あーもう…!!」

気になるなら行くべきなのは分かっている。でもそれは雲雀さんに会うということ。出来ることなら関わりたくないあの人と。
確かに時々優しいこともあるけど、やっぱり基本的には怖い。
恐怖に自ら飛び込むこともない……。


のに。

「来ちゃった……」

なんで私は風紀委員室の前に立っているんだろう。おにぎりを手にして。
こんなの咬み殺されに来たみたいなものじゃないか。

大丈夫。今なら無傷で帰れる。安全な教室に戻ろう。そうしよう。

「君、何してるの?」

ほんとにこの人はどうしてこう…!!! タイミングが!悪いの!!

教室に帰るためにくるりと方向転換すると目の前に雲雀さんが立っていた。中にいるものだと思っていたから完全に油断していた。

「ひ、雲雀さん。こ、こんにちは」
「こんにちは。で、なに?」

そう、雲雀さんは挨拶をしたらちゃんと返してくれるのだ。こういう案外律儀なところはすごく風紀委員長らしい。
あとは人を咬み殺されなければ完璧なのに。

「いや、あの」
「それ、おにぎり?」

どうやって取り繕うかを考えながら口を開くと雲雀さんに手にしていたおにぎりを指差された。私は慎重に、間違えないように注意しながら頷く。

「ああ、今日、一年はおにぎり実習なんだ」
「あ、雲雀さんが一年の時もありましたか?」
「さぁ」

普通ならとぼけていると思うだろうその反応も、雲雀さんならそうは思わない。興味がないというか、記憶にないというか……そもそも彼には学年がないみたいなものだから、一年だった時代がないのだろう。

「で、そのおにぎりをどうするつもり?」
「え、あの、この前家まで送って下さいましたので……そのお礼にと思いまして……」

雲雀さんを前にしたことにより、このおにぎりが更に貧相なものに見えてきた。本当は高級な菓子折りを持って礼を述べるべきなんだろうけどそんな財力家にはないし。
実習のついでにお礼を済ませてしまおうとする浅はかな考えがいけないのかもしれない。

「ふーん。じゃあ、貰うよ」

今すぐにここから消えてしまいたいと思い始めたその時、雲雀さんがおにぎり一つ手にした。昆布の方だ。

「頂きます」
「え、あ、はい」

行儀よく挨拶をした雲雀さんは私の作ったおにぎりを口にする。そのまま無言でぱくぱくと食べてしまった。

「ねぇ、もう一つは誰かにあげるの?」
「いえ……特に予定は」
「じゃあ、貰ってもいいよね」
「え……?」

予想だにしていなかった質問だ。もっと文句を言われたりボロクソに批判されると思っていたのに、二つ目を所望するなんて。

「あ、あの」
「なに?」
「お口に合いましたか?」
「別に。特に不味くも美味しくもないけれど」

それはどういうことだ。ならなぜ二つ目を食べようとする。
「どうして二つ目を食べようとするですか」と、我ながら捻りの無い質問をすると、彼は一瞬だけ目を見開いてこう答えた。

「僕も知らないよ。ただ食べたいと思っただけ」

雲雀さん自身も分からないんじゃあどうしようもない。私ががくりと肩を落とすと、二つ目のおにぎりが雲雀さんに取られた。