雲雀さんがあの豪邸に住んでいるということを知って、隣を歩いているのが申し訳なくなる。そうなると言葉数も減り、お互い無言の下校が続いていた。
「あ、つきました…」
そろそろ沈黙が苦になるという時、まるで空気を呼んだかのように家についた。よかった。助かった。
この空間ともおさらばと思い、意気揚々と足を踏み出し気付く。
「あの、雲雀さん……?」
彼に手首を掴まれていることに。
つきましたよ?と声をかけてみるが雲雀さんは手を放してくれそうにない。黙り込んで掴んだ私の手を見つめている。私もつられてそこを見ていると彼が「ねぇ」と声をかけてきた。
短く返事を返し、顔を上げると、目が合う。雲雀さんは真剣な眼差しをしていた。
息を飲むほど綺麗な彼の瞳に吸い込まれてしまいそう。
深い深い、でも澄んだ闇色。
「君は群れないね」
「はい…群れませんけど…」
「いい子だ」
「へ?そ、そうでしょうか?」
群れないことを「いい子」なんて言うのは雲雀さんぐらいだろう。普通、友達がいないことは咎められるべきことなのに。
少しだけ、自分の生き方が肯定されているように感じられて嬉しかった。
「僕は君と出会えてよかったって思ってる」
「私は今、心底群れなくてよかったって思ってます」
「そう。それが正解だよ」
雲雀さんからしたら正解だろうけど。言い返すことはできないし、口を噤む。咬み殺されるのは嫌だ。
「君のこと、案外気に入っているんだ」
「え、雲雀さんがですか?なんの変哲もないですよ?」
「そうだね。君はなんの変哲もない、強くもない綺麗でもない、つまらない人間だけれど、群れないから」
「貶してるんですか……?」
誉めているんだよ と雲雀さんは目を細める。どこからどう聞いても貶されているんだけれど、彼が誉めているって言っているんだから、誉め言葉として受け取っておこう。
「でも……」
雲雀さんの声がすっと低くなる。ぞくりと背中に悪寒が走った。
これは、この後嫌なことが起こるときの…!!
やばいと思うが、私の手首を掴む雲雀さんの力が強くなり、逃げられないことに気付く。
最初から隣に並んでおけば手首だって掴まれなかったかもしれないのに!大人しく彼の隣を歩いておけば…!!
後悔先に立たず。とりあえず、今のこの状況を打開しなければ。
「ひ、雲雀さん……?」
「咬み殺したい……」
「ひゃっ!?」
雲雀さんが呟いたその言葉に驚き、変な声が出てしまう。
だってだってだって。
今、この人、絶対「咬み殺したい」って言ったよね!?
私に向かって言っているのは嫌でも理解できる。理解したくなくても、理解してしまう。
逃げたいのに動けない…!!
なんでいきなり「咬み殺したい」なんて言い出したの! 咬み殺さないって言ってくださったのに!
「今さらだけどイライラしてきたんだ」
「え……?」
「不審者を捕まえるためだといえど、イライラする。ムカつく」
「ど、え、あの、雲雀、さん……?」
恐る恐る彼に手を伸ばす。すると、トンファーを突き付けられた。
い、いつの間に取り出したんだろう。全然気付かなかったし、素振りも見せなかったのに。
「僕がイライラしている原因は君」
「私!?何か気にさわることでも!?」
「さぁ」
「さぁって…!!!」
「そんなこといちいち説明する必要ないよ。君は黙って僕に咬み殺されて」
「ひぃ…!! や、やっぱり不審者を押し倒したのがダメだったんですか…!?」
どうにか咬み殺される道を避けようと探りを入れてみる。
ぴくりと彼の肩が揺れた。
え、本当に押し倒したのがダメだったの?
雲雀さんの「不審者を捕まえるためだといえど」という言葉から推測した、ほとんど当てずっぽうの問いだったから当たるとは思わなかった。
「だからあの、あれは、不純異性交遊とか、そういうわけではなく」
「………押し倒した意義は」
「え、あの」
「不審者のわりには整った顔をしていたみたいだけれど」
「それは…!!」
確かにあの時はランボの整った顔を堪能していたと言えばしていた。していたけれど…!!
くそ…!! 10年後のランボが無駄にイケメンだからこんなめんどくさいことになってるんだ…!!
私は面食いだけれど、面食いじゃない女の子なんていない!つまり私は悪くない!
「ああいうのがタイプなの」
「いえ、私はどっちかと言うと雲雀さんの方が…!!」
そこまで言って気付く。
私…勢いに任せて本音を言ってしまった…!!
確かに雲雀さんはランボより好みだけれど! だけれども!
今の雲雀さんに言うべき言葉じゃないよ…。
きっと咬み殺されるのだろうと覚悟を決め、私は瞼を下ろした。ああ、また気絶してしまうのだろうか。明日まで痛みが残ったら最悪だなぁ。我慢するしかないよね…。
来いトンファー!
そう思った瞬間、手首が解放された。
余りにも唐突な出来事に固く閉じていた瞼が上がる。
そこにはさっきまでの怒気が完璧に無くなった雲雀さんがいた。トンファーは手にしていない。
「あの、雲雀さん…?」
「イライラ」
「はいっ!!」
「無くなったから帰る」
「え…?」
雲雀さんはくるりと身体を反転させ、歩き出してしまった。
とりあえず……咬み殺されなくていいんだよね…?
相当強く握っていたのだろう、雲雀さんに掴まれた手首は赤くなっていた。
「あ、雲雀さん!ありがとうございました!またあした!」
私は一応彼に送ってもらったということを思いだし、声をかける。彼は首をこちらに巡らせて「また、あした」と口角を上げた。
本当に………彼が分からない。