017




なぜ私は風紀委員室で雲雀さんの執務が終わるのを大人しく待っているのだろうか。
わざわざ校舎裏にまで戻り、そこに置いておいた鞄を手にしてから風紀委員室に向かい、なぜソファに座って待っているのだろうか。
説明すれば説明するほど分からなくなる。

しかし、雲雀さんが「送る」と言ったのだから反論も、遠慮もできない。そんなことしたら「逆らうの?」と一蹴され、バイバイ人生だ。

私は雲雀さんの仕事が終わるのを待ち、送ってもらわなければならない。
ランボのことを不審人物なんて言う嘘さえ吐かなければ、こんなことならなかったのに。あの時の私のバカ。もう少し落ち着いていれば。

いや、あれ以外の言い訳だったら私は咬み殺されていたのか?
じゃああれがベスト?
というか、過ぎたことをウジウジ考えてても何にもならない。安全な下校ができると切り替えよう。

ん……あれ…? 一番の危険人物は雲雀さんじゃない?
え、じゃあダメじゃん。めちゃくちゃ危ない下校じゃん。

「終わったよ」

うううと頭を抱えていると頭上から声がかかる。どうやら執務は終わったらしい。
悩んでる場合じゃない。今は雲雀さんの怒りを買わないように下校することが最優先事項だ。

私は鞄を手にして立ち上がり、既に部屋を出ている彼の後を追う。時刻は既に6時を回っている。彼はいつもこんな時間まで残って一人で執務をこなしているのだろうか。そう考えるとすごい。彼の並盛愛と強さは信用できる。

こんな遅くまで仕事をしているなら、この前山本ん家の手伝いの帰りに雲雀さんと遭遇したのも頷ける。あの時はパトロールでもしているのかと思っていたけれど、彼的には下校中だったみたい。

雲雀さんは私が部屋から出たのを確認し、扉を閉めると、鍵をした。その鍵を自分のポケットにしまったことから職員室に返さないのが分かった。あくまで自分の物らしい。

「ほら、帰るよ」
「はい……!!」

き、緊張する。
雲雀さんと下校なんて、一生ないと思っていたというより、考えたことすらなかったのに。

よくよく考えるとこの人もめちゃくちゃモテる。
告白するような勇気のあるやつはいないけれど、クラスの女子が「かっこいい男子」という話題の中で名前を頻繁に出すんだからモテるのだろう。
顔もいいし、喧嘩強いし、孤高という雰囲気は確かに憧れるものがある。

目の保養だと思えば一緒に下校も悪くないのかも。

なんとなく雲雀さんと下校するときのコツを掴んだとき、くるりと彼が振り向いた。

「距離、離れすぎだよ」
「え?」

彼に言われて気付く。
確かにすごく距離が空いていた。
目の保養のつもりで後ろから見ていたからだろうか、一緒に帰っているとは思えないほどの距離だ。

雲雀さんはため息を吐くと、私に近寄り、手をとる。手をとるといっても手首だけど。

「雲雀さん!?」
「不審者がいると言ったのは君だよ?君が警戒しないでどうするの」
「う……!!」

また雲雀さんらしからぬもっともなことを。言い返せなくなってしまうじゃないか。

私は大人しく彼に引かれるまま隣に並んだ。こうやって歩いていると付き合っているみたいに見えるのかな?
不安に思い辺りを見渡したが人気はない。今は食事時だし、当たり前か。まあ、見られないことに越したことはない。

このまま何事もなく帰れたならそれで十分だ。
雲雀さんと帰ってるだけで大事件といえば大事件だけれど。

「あ、でも、隣に並んで一緒に帰ることは雲雀さん的に群れにはならないんですか?」
「ならない」
「え?」
「群れじゃなくて、これは護衛」

さも当たり前のような表情をされるが、私的には当たり前ではない。
護衛ってなんだ。どういうことだ。

確かに不審者がいるって言ったけど、私はそんなものに捕まるほど可愛くないし、初でもない。護衛なんてしてもらう必要はないはず。
むしろ雲雀さんの方が女性的な端正な顔立ちをしていて危なそう……。いや…、そんなことしたら不審者が警察ではなく病院に送られることになるだろうけど。この人、こんな細い身体のどこにあんな力を秘めているのだろうか。

「でも、雲雀さんの家ってどっちにあるんですか?」
「もう過ぎたけど」
「ええ!?もう過ぎちゃってるんですか!?」
「そう。さっき君が恨めしそうに見ていた家。あれ僕の家」

恨めしそうに見ていたって…。
そんなのこの地区で馬鹿みたいな存在感を放っているあの豪邸ぐらいしか……。


豪、邸…?

あの、日本庭園が広がる、背の高い塀に囲まれた、豪邸?

「え、雲雀さんの家、豪邸なんですか?」
「豪邸?一般的にはそうなるみたいだね」
「一般的にはそうなるって……あの家、どう見たって豪邸ですよ」
「そう?気にしたことないや」

な、納得……。
すごく納得。
小さい頃からあれが当たり前のように暮らしていたらそりゃあ唯我独尊、俺様何様雲雀様になるよ。一種の英才教育だよ。

私が昔から憧れていた家の人が今隣を歩いているなんて、人生なにがあるか分からないものだ。とりあえず、雲雀さんから一歩距離をとった。そして引き戻された。