016




何があったのかよく分からない。どうなったのか分からないけれど、爆音はした。
私、止められたのかな。山本もツナも死んでしまってないかな。

「胡桃子さん、胡桃子さん」
「ん……」

低い声で名前を呼ばれ、とんとんと背中を叩かれる。
顔を上げると間近にランボがいた。10年後の、伊達男のランボだ。

「ラン、ボ…?」
「はい。ランボです」
「私………」
「いきなり飛び付いてきたので驚きました。怪我はありませんか?」

そうだ。ミサイルランチャーを止めたくて、ランボを止めたくて、飛び付いたんだった。

「ランボは撃たなかった?」
「え?」
「さっきのミサイル、撃つのやめてくれた?」
「ああ…撃つつもりでしたが流石に胡桃子さんに飛び付かれてしまったら撃てませんよ」

どうやらランボは撃つのをやめてくれたらしい。よかった。止めれたんだ。
耳を澄ませば、山本と獄寺くんが言い合う声が聞こえてくる。この元気そうな様子から、ツナも無事なのがなんとなく分かった。

安心して息を吐くと、落ち着いてきてやっと今の状態に目がいく。
私、飛び付いた勢いでランボを押し倒していたみたいだ。一瞬「やってしまった」と思うが、彼がここにいるのは5分間だけだし、ランボはなんとも思ってないみたいだからいいかと退くのをやめた。黙ってたらイケメンだし。みんなは無事だし。少しぐらい見ていたっていいよね。バチは当たらないはず!

「ねぇ、何してるの」
「うわぁああ!!!」

バチが当たった。
私は突然聞こえたその声に、ほぼ反射的な叫び声を上げてしまう。

「君……学校で堂々と不純異性交遊かい?いい度胸だね」

この声は、しゃべり方は、威圧感は。
私の都合の悪いときにしか出てきてくださらない、最強孤高の風紀委員長様ではないですか…。

怖すぎてそちらを見ることができない。
左側から声が聞こえてくるから、彼がこの外付け階段に繋がっている扉を開けて私たちを見付けたのは予想がつく。騒ぎを聞き付けて来たのも分かる。

でも、なぜこのタイミングなの。
なぜ私がイケメンを押し倒してる瞬間なの。
それだけが分からないし、納得できない。

「ねぇ、なんとか言ってみたら?」
「こ、これは、不可抗力で……」

見ると押し倒しているランボがガクガクと震えている。「ひ、ひば、雲雀さん……」震える唇が小さく名前を紡ぎだして、10年後の彼が雲雀さんを知っていて、恐怖していることが分かった。つまり、10年後もこの恐怖は健在なのか。怖くない雲雀さんの方がよっぽど想像できないけれど。

「ひぃ……」

ランボの目に涙が浮かんだ。

やばいって! ランボがここで泣いたら更に雲雀さんの怒りが増すのは予想できる。

なんでこの人15歳なのに泣き虫なの!もうダメだ…!
こ、こうなったら!

「とりゃあ!」
「っ…!?」

最終手段。
私は身体を持ち上げ、雲雀さんの腰に抱き着く。そしてその勢いのまま彼を扉の向こうに押しやった。もちろん私も一緒だ。

運がいいのか、雲雀さんが手で押さえることで開いていた扉は、立て付けが悪いようで、ゆっくりとだが自動で閉まっていく。こんなところで発揮される運なら、是非とも雲雀さんに会わないということに使われてほしい。

扉がばたりと閉まり、私はやっと雲雀さんから離れた。

とりあえず謝ろうと床に膝をつけ、今日はじめて、ちゃんと彼の顔を見る。

「え……?」

すごい怒った顔をすると思っていたのだが、予想が大きく外れた。

なんでそんなに不満気な顔をしているんですか。

雲雀さんはむくりと身体を持ち上げ、立ち上がると埃を払った。そして私に手を差し出してくださる。

驚きはしたが敵意は感じられず、その手をとる。前みたいに手首を掴まれ、引っ張り上げられ、あげく投げられるとかはごめんだ。
雲雀さんは私の手を優しく引き、立ち上がるのを手伝ってくださる。余りにも紳士的な態度に唖然としてしまった。

分かんない。本当に雲雀さんが理解できない。

「ねぇ」
「あ、はい」

私も身体についた埃を払っていると雲雀さんに声をかけられる。この人の問いかけは絶対に無視できない。

「さっきの男は誰?」
「さ、さぁ?…えと…知らない人だったし、怪しかったので捕まえなきゃと思いまして……」

咄嗟に思い付いたと言えど、なかなかに出来た嘘ではないだろうか。あははーと笑ってみせれば雲雀さんはバカにしたようなため息を吐く。一応言い訳的には風紀を守ったのになんでため息を吐かれなきゃいけないの!?

「今度から不審人物を見付けたらすぐに風紀委員に報告しなよ。もしくは叫んで。すぐに委員を向かわせるから」
「え、あ、はい」

案外まともな指摘に度肝を抜かれた。思わずキョドってしまう。

「あと、なんでさっきは僕に飛び付いてきたの?」
「え………?そ、それは…」

やばい。私バカだ。そこまで考えてなかった。
やっぱり適当に言い訳するものじゃない。ろくなことがない。

「あ、あの、やっぱりその、怖くって、雲雀さんが来てくれて安心したと言いますか……」

本当は雲雀さんが来たことに恐怖しか感じてなかったけれど、必死に嘘を重ねる。とりあえず言ってしまわなければ。

「そう」

優しいその声に驚く。雲雀さんからはさっきまでの不満気な雰囲気は感じられない。浮かんでいた言い訳は全て飛んでしまったため、私は小さく頷くことしかできない。

にこやかな、顔をしていらした。

獲物を前にした、不敵な笑みじゃなくて、本当に笑っている。
今の私の言い訳の何が面白いのかはいまいちよく分からないが、もう言い訳をしなくていいのは確かだろう。これ以上言っていたらボロが出ていたかもしれないのでよかった。

「あ、あの」
「なに?」
「か、咬み殺さないんですか?」

自分でも何を言っているんだと思うが、疑問に感じていたのは本当だ。
だって、いつもの雲雀さんなら何がなんでも不純異性交遊と言って私を咬み殺すはず。その覚悟をして雲雀さんに飛び付いたつもりだったんだけど…。

「なんで?」
「え?なんでって……」

そんなこと言われても困るんですけど…。上手く説明できずいいよどんでいると、ぽんぽんと頭を撫でられた。また撫でられた。私撫でやすいのかな?

「咬み殺さないよ」
「でも、いつもの雲雀さんなら…」
「いつもの僕ってなに?」
「は、い?」
「いつもも、今も僕は僕だけど?」

確かに。それはそうだけれど。

なんと言ったらいいか分からなくて口をもごもごさせていると、雲雀さんがくすりと笑った。
しかしよくよく考えたら咬み殺されなくていいということなので私は口を閉じる。モヤモヤは解消しないけれど、痛い思いをしないことに越したことはない。

ただ、一つだけ問題がある。

「で、これはどこに行くつもりなんですか?」

雲雀さんが私の手を引いて歩き出したのだ。
彼はこちらを振り返ると今度こそ不敵な笑みを浮かべた。

「不審者がいるんだろう?危ないから家まで送るよ」

ちょっと意味がよくわかりませんね。