014




「よお、浜内」
「あ、山本おはよう」

登校中に山本に声をかけられた。同じ方向に家があっても朝に会うことは今までなかった。
山本は野球部の早朝練習のためこの時間に登校すること自体が珍しいらしいけど、今は腕の骨折で部活が出来なくてこの時間の登校になっているみたい。

飛び降り自殺の件、原因はこの骨折らしい。
野球命で今までやってきたならその気持ちはわからなくもないけれど、本当に死ななくてよかった。

「山本」
「ん?なんだ?」
「もし今度自殺しようとしたらビンタ」
「ははは!それ前も聞いたぜ」
「再確認!」

山本はひとしきり笑ってから私の頭を撫でる。最近撫でられることが多い気がする。嫌じゃないから別に構わないけれど。

「大丈夫だよ。もうあんなバカなことはしねーから」
「約束ね」
「おう。約束」

にかっと笑うその顔を見ていると、内側に渦巻いていた心配もきれいさっぱりなくなってしまう。山本がそういうならもう死ぬような無茶はしないって信じよう。

「あ、ツナだ」

山本は前方を歩いているツナの背中を見つけると走り出す。私はそれを見送ってから一息吐く。

自殺をした山本は噂通り、ツナに助けられたらしい。下着姿の、つまり死ぬ気のツナに。
それから二人は仲がいいみたいで、よく一緒にいるのを見る。それを恨めしそうに見ている獄寺くんも。

そう言えばこの前ツナの家に行った時、帰り際にリボーンに声をかけられた。もちろんファミリーへの勧誘だったんだけど、「山本もファミリーの一員になった」とか言っていたっけ。
山本がそんな冗談みたいなことを信じるとも思えないけれど、それは本当なんだろうか。
それに、あんなに山本を恨めしそうに見ていた獄寺くんが認めるとも思えない。そこらへんどうなっているんだろう。



放課後、どこぞの最強孤高の風紀委員長に見つかる前に帰ろうと廊下を歩いていた私は、背後から獄寺くんに声をかけられた。

「おい、浜内胡桃子」
「え、は、え?な、なんですか?」

獄寺くんは顔こそ良いものの、眉間にシワが寄りすぎて真っ正面から見ていると恐怖しか感じない。あーでもかっこいいよ…。

「お前もファミリーの一員としてついてこい」
「わ、私、ファミリーになったなんて一言も…!!」

むしろ断固拒否しているのにこの人は何を言っているの。怖さの余り目をそらしてしか会話ができないのが悔しい。
しかも廊下で会話をしていたら目立つ。目立ってしまう。獄寺くんはかっこいいから特に女子の視線が痛いぐらいに感じられる。

「なんだとてめぇ…!!」
「ひぃっ…!」

獄寺くんに手首を掴まれ、思わず喉が鳴る。
こういう時にこそ来るべきだよ風紀委員長。確かに避けて帰ろうとしていたけれど、今は別。今こそ出番。貴方の大好きな並中の生徒の危機だよ。来てよ。来てくださいよ。

なんであの人は私にとって都合の悪いときにしか出てきてくれないの。

周囲からの視線が更に厳しくなったのを感じ、私は必死に頷いた。もうついていくしかない。
恨みますよ、風紀委員長。



獄寺くんにつれられたそこは校舎の裏。不良らしいその場所に身体が芯から震え出す。怖い。私なにかしてしまっただろうか怖い。

「あれ?浜内か!」
「え、あれ?山本?」

とりあえず謝っておくべきかと、敗けの方向に思考が傾いていたとき、そこに山本がいることに気付いた。
お前も呼び出されたのか? というその口振りから彼も獄寺くんに呼び出されたということが分かる。

獄寺くんは山本を正面から睨み付け始めた。私は何をすることもできずそんな二人を見ていることにする。

「おいおい獄寺……。呼び出しといてだんまりにらめっこはねーんじゃねーの?」

獄寺くんは山本の周りをぐるぐる回りながら威圧を続けている。山本は頬を掻いて苦笑いを浮かべた。

「なぁ、浜内、お前どうにかしてくんね?」
「無理無理無理無理、怖い」
「まじか」
「まじ。おおまじ」

山本は獄寺くんをちらりと見てからだよなーと笑みを漏らす。
流石の山本でも獄寺くんが怖いのは分かるらしい。

山本は鞄を漁るとそこから牛乳を取り出した。帰りにでも飲むつもりだったのかな。
彼は真剣な顔でそれを獄寺くんにつき出す。

「おまえ牛乳飲むといいぜ。イライラはカルシウム不足だ」

流石山本というかなんというか。それじゃあ獄寺くんの神経を逆撫でしているだけじゃない。しかも絶対に無意識だ。獄寺くんは彼に背中を向けてどこからかダイナマイトを取り出す。分かる、分かるけど落ち着いて獄寺くん。
私はそっと彼らから距離をとる。せめて被害は受けたくない。

「おーい!!!」

その時、プールの方からツナが走ってきた。獄寺くんは「10代目!」と声を上げながら後ろ手にダイナマイトを隠した。よかった、山本が爆発されなくて。

「なにそいつ、ツナの弟?」

山本の言葉に視線を下げてみると、そこにはリボーンがいた。
リボーンは弟であることを否定して、「オレはマフィア。ボンゴレファミリーの殺し屋リボーンだ」と自己紹介をしたのだが……。

「ハハハハ!そっか!そりゃ、失礼した!」

やはり山本だ。
マフィアなんて冗談だと思うなんて、それこそ冗談だと思っていたけれど、本当にそう思うなんて…。
いいのよ、山本はそのままでいてくれて。