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小学生のころ、私は山本に憧れていた。

彼はみんなの中心でいつも笑顔を絶やさなくて、野球に一生懸命で。
大好きだった。
見ていて飽きないから大好きだった。

そんな彼は一人ぼっちな私にも声をかけてくれた。
山本はなんにも考えていなかったのかもしれない。それでも嬉しかった。すごく嬉しかった。

きっと私が友達を作ってもいいかなって思えたのは山本のお陰なんだよ。
私、山本に救われたんだよ。
君はいっぱい救ってるんだよ。

だから、だからね。

絶望しないで、諦めないで、前を向いて、踏み出して。
君の命は、存在は、簡単に失われていいものじゃない。

君はきっと誰かにとってなくてはならない存在に−−。


「あれ……?」

頭がぼーっとする。
私、なにしてたんだっけ。
この既視感、また気を失っていたのだろうか。

「起きた?」

落ち着いたその声に身体が反応する。そちらに目をやれば、やはり雲雀さんが立っていた。

なんで雲雀さんがいるんだろう。頭が痛い。目が腫れぼったい。

「あの……ここは」
「風紀委員室。僕しか使わないけれど」
「ここが……」

見たことない部屋だったけれど、とても学校とは思えない豪華な内装に雲雀さんらしさを感じる。
私が倒れていたのはふかふかなソファだった。それにしても、なんでこんなところに。
私は痛む頭を押さえながら身体を持ち上げる。

「………あ」

思い、出した。
そして後悔した。
思い出さなければよかった。
胸が、喉の奥がぎゅっとなる。苦しい。

山本と、ツナが屋上から落ちたんだ。どちらも知り合いで、山本に至っては友達で、失いたくない人で。

そんな彼らが……目の前で…。

腫れぼったい目から涙が溢れてくる。声にならない。ただただ涙が止まらない。
泣けばどうにかなる訳じゃないのは分かっている。でも、泣かずにはいられなかった。

「ねぇ、なんで泣いてるの?起きたら教室に戻ってくれない?」
「ひっく……うぅ……」

雲雀さんは浅いため息を吐いた。彼がめんどくさそうに私を見下ろしていることは見なくても分かる。
群れを嫌う彼には分からない感情かもしれない。理解されなくてもいい。それでもいいから、今の私は誰かにすがり付きたくて仕方なかった。

私は雲雀さんに手を伸ばし、その背中に腕を回すと、彼の腹部に額を擦り付ける。ぎゅっと彼のワイシャツを握った。
雲雀さんはそんな私に何を思ったのか頭を撫でてくださる。優しい。やっぱり、彼は怖いだけじゃない。

「ねぇ」
「すみ、ませ………今は、泣かせてくださ、い」
「いいけど、誰も死んでないよ」
「はい………え?」

呆れたような雲雀さんの言葉に涙が引っ込む。
死んでないって言った?
いやいやいやいや。そんなの嘘だ。あの高さで生きてるわけ。
でも雲雀さんがこんな質の悪い嘘をつくとも思えない。

じゃあ、本当に?

「山本武も沢田綱吉も生きているよ」
「ど、どうして」
「さぁ?下着姿になった沢田綱吉が山本武を助けたとか、ワイヤーを使った壮大な冗談とか、色々言われてるけれど興味ないね」

下着姿のツナが?

リボーンだ。
リボーンがツナに死ぬ気弾を撃ったんだ。それからどうして助かったのかは分からないけれど、死ぬ気の彼なら助けられると思う。
ツナが、山本を死ぬ気で助けてくれたんだ……。

引っ込んだ涙がまた流れた。

「う゛ぅうう………よがっだぁあ……っ」
「ちょっと、なんでまた泣くの」

山本もツナも助かったのが嬉しくて、雲雀さんにぎゅーっと抱き着くと彼に頭を殴られた。めちゃくちゃ痛くて、堪らず彼から放れると雲雀さんは一仕事終わらせたかのように息を吐く。
また暴力で解決か、この人は。さっきまであんなに優しかったのに。
やっぱり、雲雀さんは怖い人だ……!!

「で、早く教室に戻ってくれない?」
「わ、分かってますよ!」

私はソファから立ち上がり、部屋から出ようとする。

あ、そうだ、まだ雲雀さんに言えてないことがある。山本とツナのことで頭がいっぱいで彼のことをなにも考えてなかった。

「雲雀さん!」
「なに?」

既に委員長の執務に戻っている彼に声をかける。雲雀さんはペンを走らせるのをやめ、こちらに視線をくれた。

「ありがとう、ございました……山本のために動いてくださって、私をここまで運んでくださって」
「別に。自分のためだから礼を言われる筋合いはないよ」

雲雀さんがそう言うのは何となく分かっていたけれど、なにより私の気が済まなかったから。礼を聞いてくれただけで十分だ。そしてこれからは雲雀さんに遭遇しないように頑張ろう。

「失礼しました」

私は風紀委員室を出て、廊下を歩き出す。
教室に戻ったら山本を叱ってやる。こんなに心配させたんだから、ちょっとぐらい怒ったって許されるよね。