009




その日は朝から学校中が騒がしかった。少しだけいつもより遅い登校をしている私の脇を、みんなが走りすぎていく。走るのはよくないよ。咬み殺されるよ。
なにがあったんだろうと騒ぐ声に耳を澄ませると、「屋上」という単語が聞こえた。屋上で何かあるのだろうか。私も荷物を教室に置いてから屋上に行ってみよう。

私は人気が少なくなった廊下を歩き、教室に辿り着く。驚いた、もぬけの殻だ。屋上にいけば理由も分かるだろうと、私は荷物を机に起き、廊下に出る。
それにしてもみんな焦ってるみたいだったなぁ。何があるんだろう。
そういえばこっちの校舎からもう一つの校舎の屋上が見えるんだった。興味本意でそちらに首を巡らせて驚愕する。

「や、山本っ!!」

山本が屋上のフェンスを越えて、ギリギリの縁に立っていたのだ。なんで、昨日まで普通だったじゃない。

普通?

違う、彼の家を手伝った時、彼は何かを言おうとしていた。笑顔は陰っていた。私は気付いていた。山本が何かを抱えてることに気付いていた。なのに知らない振りを、見ない振りをしたんだ。

何が友達だ。
最悪だ。最低だ。
助けれたのかもしれない。私は彼の変化に気付いて、彼は私を頼ろうとしてくれて。なのに私はきっと、避けたんだ。
自分がめんどくさいことに巻き込まれないように。

「もうホームルームははじまるよ」

屋上へ走り出そうとした私の手が掴まれる。
もう、なんで、どうして、この人は、こんな、厄介な時にばかり出てくるの。

「雲雀、さん……!!」

案の定冷たい表情の雲雀さんがそこに立っている。彼の肩越しに屋上に立つ山本が映った。

「はな、してください!」
「どうして。また校則を犯すつもり?」
「そんなこと、どうでもいい!」

思わず口から出た言葉に雲雀さんの眉がぴくりと動いた。失言なのは分かっている。こんなこと言ったら咬み殺されてしまうかもしれないことも。

でも、今の私には山本しか見えてないんだ。あんな気のいいやつ、失いたくない。私の責任じゃないかもしれない。分かっている。分かっているけれど。

気が動転して、どうしたらいいか分からない。早く、屋上にいかなきゃ。それだけで頭がいっぱいで。

「はやく、山本が……!!」

目からは情けないぐらい涙が溢れた。雲雀さんは取り出していたトンファーを折り畳むと、どこかにしまいこんだ。

「とりあえず、落ち着きなよ」
「無理です…!!」
「朝から煩いから何かと思ったら……」

雲雀さんは私の涙を親指で拭い、後ろに目をやった。彼の目にも今の山本が見えているはずだ。「堂々とサボって、全員咬み殺さなきゃダメかな」なんて漏らす彼は不謹慎だけど彼らしい。いちいち怒りもわいてこない。

私は必死に涙を拭う。早くいかなきゃ。止めなきゃ。

「待ちなよ」
「どうして!」

また屋上に向かって走ろうとする私を雲雀さんが止める。なんでどうして、助けようとしているのに止められなきゃならないの。

「なんで君がそんなに必死になるの」
「だって彼は友達だから!」
「友達だから君が行ったら解決するの?」
「そ、れは……」

雲雀さんの口から聞こえたのは現実だった。
そうだ…私が行って解決するなんて分からないことだ。無駄足になるかもしれない。
それに、なんで私が他人のことでこんなに苦しまなきゃならないんだろう。やっぱり、見ているだけにしていればよかった。変な風に絡んでしまったからこんなに悩むんだ。

いや、そんなの今さらどうでもいい。
もう山本は友達なんだ、こんなこと今さら考えたって意味がない。検討違いだ。

「僕も行く」
「え?」

雲雀さんは私の腕を引いて走り出した。あんなに群れることを嫌がっている雲雀さんが、校則を頑なに守り続ける雲雀さんが。私の手を引いて、屋上に向かって走ってる?

「雲雀さん……どうして」
「並中で飛び降り自殺なんてされて風紀が乱れることが許せないだけさ」

雲雀さんらしい言葉に胸が熱くなる。この人は並中の味方だ。誰よりも並中のことを考え、愛している。この人ならきっと山本を助けられる。

雲雀さんと共に廊下を駆け抜けながら屋上に目をやる。目を疑った。

「い」

思わず足が止まる。雲雀さんもそんな私に驚き足を止めたみたいだ。

いや、もう、そんなことどうでもいい。


「いやぁああああ!!!!!!」


なぜそうなったかは分からない。
山本と……もう一人、ツナまでもが屋上から落ちていくのだ。

見たくなかった。
こんなの。こんなの夢だ。
信じたくない。

「浜内…」

雲雀さんの声が頭上からかかる。落ち着いたその声に逆に胸がざわついた。

そっか……私、見たくなくて、雲雀さんに飛び付いてしまったのだろうか…。
これはきっと、また咬み殺されてしまうな。

でも、もう、どうでもいいや。