008




雲雀さんに鳩尾をトンファーで殴られ、意識を失った私は目を覚ますと保健室にいた。保険医に聞いた話、また雲雀さんが運んでくれたらしい。
あの人は横暴なのか優しいのか、判断がつかない上にこれはまたお礼を言わなきゃならないのかなと思っていると、枕元にメモ用紙が置いてあった。そこにはとても整った字で「礼はいらないよ」とあり、雲雀さんからのメッセージだと自己完結する。いらないならしなくていいや。これ以上あの人に関わりたくないし。

それが昨日の話。
私は今、体育を見学している。
トンファーで打たれたせいか、まだ体調が優れないため、休ませて貰ったのだ。
体育の内容は野球だ。女子は先生が休みなため、ほぼ自由に過ごしている。私は見学者が利用していいベンチに座り、野球を見学することにした。山本の野球を授業で見られるなんてラッキーだ。

そう言えば今日は獄寺くんを見ていない。どうしたんだろうと思い、ツナに聞いてみることにした。
まだお腹いたいけど、まぁ歩けないほどではない。

「ねぇ、ツナ」
「あ、浜内……どうしたの?」
「獄寺くんは?」

私が問いかけると、彼は肩を揺らす。そして辺りを見渡すと私の耳に口を寄せて、小声で言った。

「ダイナマイトの仕入れに行ってるみたい」

ダイナマイトの……仕入れ…。
はじめて聞く組み合わせに戸惑う。ダイナマイトって仕入れるものなんだ。外国にでも行っているのかな?

頷いて理解を示し、顔を上げた瞬間、ボールが空高くに舞うのが見えた。私もツナもそれを呆然と見てしまう。
ホームランだ。

ダイヤモンドを走るのは山本。山本がホームランを打ったらしい。流石と言うかなんというか。
ツナは山本にチームに入れてもらったようで、嬉しそうに彼の活躍を見ている。山本はツナのことをめちゃくちゃ気に入っているみたいだから、チームに入れたんだろう。

私は元いたベンチに戻る。キリキリとお腹が痛くなってきた。ほんと、もう雲雀さんのトンファーの餌食にはなりたくない。

「堂々とサボり?」

お腹を押さえながらぼーっとグラウンドを見つめていると背後から声をかけられた。
こ、この声は……。

「雲雀さん……?」

あれ?今、授業中だよね? なんでこの人ここにいるの?
私は逃げようと立ち上がるが、お腹の痛みに倒れ込んでしまう。そんな私を見て、雲雀さんは「なにしてるの」と冷たい声で言う。

「なにしてる………って、昨日雲雀さんに打たれたお腹が痛むんです…」
「へぇ?それでサボり?」
「見学です!」

嫌みを込めて言ったつもりなのに、彼はなんてことないように肩を竦めた。この人ゴーイング・マイ・ウェイだよ、唯我独尊だよ。

「見学ならちゃんと座ってなきゃ」
「え……?」

雲雀さんを見たことにより更に痛む腹部を押さえていると目の前に手のひらを差し出された。確認するまでもない、雲雀さんの手である。白くて長い指は女性的で羨ましい。

私が手を掴むことを躊躇っていると、無理矢理手首を掴まれ、引っ張り上げられた。そこまで痛く握らないのは無意識の優しさなのかな?

「いたっ」

前言撤回。
彼は持ち上げた私をベンチに投げ捨てたのだ。確かに座れたけれど、もっとやり方というものが……。きっと文句を言ったら咬み殺される。

「って、雲雀さん!?」
「なに?」
「なにって……」

文句を言えないのならせめて睨む気でそちらを見たら、彼は私の隣に座っていた。どういうつもりなのこの人。本当に理解できない。

「というか、雲雀さん…授業は」
「誰が僕に教鞭をとるつもり?」
「無理ですね」

そうだ。この学校の誰しもが雲雀さんには逆らえない。教鞭なんかとれっこない。最強孤高の風紀委員長なんだ。

「君、群れないの?」
「え、群れ、ですか?」
「そう」

唐突な問いに問いで返してしまう。雲雀さんは浅く頷いた。
群れ……つまり、仲間とか友達を作らないのか、という質問だろうか。確かに私には友達がいないけれど。山本ぐらいしか……。

「群れない方が好きなんで」
「ふーん、君みたいな弱者が群れないなんて珍しいね」

珍しい、かもしれない。
別に友達が欲しくない訳じゃないけど、客観的に見ている方が好きだったから、雲雀さんが言う、群れには属していない。

「群れない子は嫌いじゃないけど、逆に馬鹿だとも思うよ」
「馬鹿、ですか?」
「そう、馬鹿。弱いくせに一人で生きようなんて傲慢だからね。そんなやつは強者に喰われてしまう」

雲雀さんは立ち上がると私の頭を撫でた。思いの外優しい手付きに驚く。うーん……どっちの雲雀さんが正しい雲雀さんなんだろう。私としては優しい雲雀さんがいいなぁ。

「まぁ、せいぜい群れて僕に咬み殺されないように気を付けなよ」
「校則にも気を付けます」

雲雀さんはくすくすと笑い、歩き去っていく。結局、何しに来たんだろうと思ったけれど、あの人の行動に理由をつける方が難しいので、思考を放棄し、グラウンドに目を向けた。

なんと山本のチームは負けてしまっていた。

「流石……ダメツナ」