王子と悩み


「ベルは私のそばにいて楽しい…?」

珍しいこともあったものだ。
なんでもかんでも抱え込む質の姫がオレに質問すんなんて。しかも内容が内容だ。
結構本気でフリーズした。
姫はオレを見上げ眉を八の字にする。ずるいよなぁ、ほんと。

「楽しくねぇ」

楽しくない、はずだ。
こんなやつと一緒にいて楽しいわけがない。
オレの気も知らないで身体中に傷を作って、心配させやがって。こんなやつと一緒にいたら心臓がいくつあってもたんねぇし。

「そう……」

姫はゆるりと視線を下げ、ぼそりと呟く。予想だにしていなかった反応に言葉がでない。

は? つーか待てよ。
なにそれ。
なんでそんな、反応したんだよ。
わかんねぇ。意味わかんねぇ。

「おい」

オレは我慢出来ずに声をかける。しかし、姫は身体を縮こませるだけ。まるで外敵から自分を守るように。

怯えるなんて、姫らしくねーじゃん。
痛みを感じないんだから、怯える姫なんて見たことない。

「ベルは……私のそばにいないで…」

今度はなんだよ。いきなり拒絶かよ。
せめて説明しろ。オレが「楽しくねぇ」つったからか?

マジかよ。

なんでわかんねぇの?
「楽しくねぇ」のに毎日のように部屋に訪れる理由、考えたことあんの?
オレの気持ち、分かってる?

「ねぇ、姫、なんでそんなこと言い出したんだよ」

イラつく心を落ち着けてできる限り優しく声をかけてみる。
姫が何の気なしにあんなこと言い出したわけがない。
なにか、なにかあるはずだ。

「………」

姫はらしくないぐらい悲痛な面持ちで唇を噛んでいる。

ん? "悲痛"?
痛み、か?

「私、痛い」

聞き慣れない言葉だ。
姫の口からは聞こえることがないはずの単語。

だから、なんで、そんな、いきなり。
おかしい……よな?
あれ?姫はもともとおかしいんだから、これが正しいのか?

「あの……痛めつけられても痛くないよ………?」

混乱するオレの気持ちを察したのか姫はぼそりと呟いた。そしてそれを実証するように自らの腕にいつの間に手にしていたのかオレのナイフを突き刺す。
今度からこいつの部屋に来るときはナイフ持ってくんのやめよ。

姫はほらと笑うが、そういう問題じゃない。オレは姫の腕からナイフを抜き去り、ポケットに入れてあった血拭き用のハンカチを取り出した。とりあえず綺麗にしてジャケットの裏側にしまっておこう。
もう一枚取り出したハンカチは姫の止血用。いつの間にかこんなものを携帯するようになっていた。止血用のハンカチを広げ、傷口に宛がう。姫がなんの反応もしないから「痛そう」とも思わない。血が止まるまでこうして押さえておくしかない。

「痛めつけられても、痛くないの…」
「じゃあ何が痛いんだよ」

ハンカチに滲んでいく血を確認しながら問いかけると姫は明るい声で言った。

「胸が、痛いよ……」

思わずハンカチを取り落としそうになる。

なんだよそれ。
胸って、そんな、まるで。

「私、ベルのことを考えると胸が痛くて心地いいの……。だからそばにいたいのだけど…、ベルがダメなら、ダメ………ね」

止血用のハンカチを強く握っていた。こんな押さえたら普通痛がるだろうが、姫は気付いてないようにこちらを見据えている。

「ベルが、楽しくないって言った時、胸が痛かったけれど、幸せな痛さじゃなかった…」

姫は小さく握りこぶしを作る。

姫が、痛みを感じ分けている。
なんだこの気持ち。驚いているのはもちろんだけど、嬉しい。

見境なく痛みを求めていた姫が変わったんだ。しかも、オレのおかげ。流石王子、しししっ。

「楽しくねぇけど………嫌いじゃねぇ」

もっと心を痛めてほしくてオレは言葉を付け足す。楽しくないのは事実だから否定しない。

オレの言葉を聞いた姫は自分の胸に手を当て、首を傾げる。

「胸、痛くないのに幸せ………」

なんだよ。今まで脈も何も見えなかったから分かんなかったけど、ちゃんとあんじゃん。
そして、姫はオレをちゃんと一人の人とカウントしてんじゃん。

なによりもそれがでかい。
待ってろよ、姫。
いつか姫の恋心を開花させて、いっぱい痛め付けてやるから。

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