姫と王子


私は小さい頃、記憶も曖昧なぐらい小さい頃に虐待を受けていた。

それは普通のそれではなくて、辛くて死にたくてでも死ねなかったから、私は痛みを感じる脳を殺した。
痛くなければ、なにも怖くなかった。

やがて私は虐待に反応を示さなくなり、そんな傀儡のような態度が気に入らなかったのだろう。親に捨てられた。

ただ呆然と空を眺めていた。
なにもすることがない。私はこのまま死んでいくのだろうと。

操り手のいない死んだような傀儡を拾ったのが9代目。ボンゴレ9代目だった。

気づいたら私は9代目の養子となり、ボンゴレの姫なんて呼び名を授かった。
チャーラと、名付けてくれたのも9代目、お父様だ。

でも、私はおかしかったのだ。
ぶっきらぼうなお兄様に蹴飛ばされた時に思い出した。
私は痛みを感じなかったんだって。

私は、普通じゃないんだって。

痛みが、欲しかった。
あんなに拒否した痛みが、今度は欲しくなった。

高いところから飛び降りた。
ナイフで腕を切った。
自分の腹部を鈍器で叩き付けた。

血は流れた、身体は傷付いた。でも、痛みはない。

痛みを求めて、私はヴァリアーの屋敷に住み込むことに決めた。

お父様は危ないからと私を止めたけれど、危ないから行くのだと答えた。
危ないから痛みがある。痛みを感じるためにヴァリアーに行く。

そこで私はベルと出会った。

ベルはおかしかった。
王子なのにヴァリアーとか。
自分の血を見ると暴走するとか。
おかしなことばかり。
それが私の安心に繋がる。

この人なら。
この人なら私を変な目で見ない。
呼吸苦しくない。
きっと、分かってくれる。

私は、ベルにあるはずのない安寧を求めていた。

ベルは私と普通に接してくれる。
私を蹴って、踏んで、切って、嘲笑って、悪態を吐いて、そして手を差し出してくれる。
側にいさせてくれる。

ベルが私の居場所。
私にはベルしかない。

ベルなら、私に痛みをくれる。
いつかきっと、私に痛みを。


でも、ある日からベルは私を傷付けなくなった。
慈しむように笑うようになった。
優しく撫でるようになった。

痛みを痛みを頂戴よ。
痛みが、ほしいの。
痛め付けて。私を普通にして。

私にはベルしかいないのに。

殺人鬼のくせに、優しくするなんて覚えないでよ。

普通じゃないくせに。
私を一人にしないで。
痛み。
痛みを頂戴。

初めて、胸が痛いと感じた。
ベルのことを考えると胸が痛い。
置いてかないでって思う。
ベルの背中が離れていくのが怖い。
一緒にいたいよ。痛いよ。痛い。

ああ、痛みだ。

長らく感じてない痛み。
そうか痛いって、こんな感じだったっけ。

ベルは、私に痛みをくれたんだね。
やっぱり私には、ベルしかいないんだ。


(好きという感情を知る、少し前)

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