東堂尽八

夏休みも箱学の自転車競技部の練習はある。
朝から晩まできっちりやるから、夏休みは休みではなくなる。

マネージャーの私も、毎日彼らのサポートに当たる。
辛くないって言ったら嘘になるけど、それより、負けて悔しがるみんなを見るのが嫌だから、私は手を抜かない。
こんなに走り込んでるみんなが、負けるはずはないって、信じてはいるのだけど。

「15分休憩です!」

私は手にしていたストップウォッチから顔を上げ、言う。
山岳アタックから帰ってきたレギュラーメンバーは私の言葉を聞くと、自らの自転車を木や部室の外壁に立て掛け、思い思いの休息をとりはじめた。

どれだけ彼らが まだ走りたいっって言っても、休息だけはとらせる。
じゃないと故障の原因になったり、ハードワークで倒れたりするから。
こういう管理も、私の仕事だ。

私は二軍のスタートを見送り、東堂に歩み寄る。
彼は肩で息を整えると、私を見上げてきた。

「どうした?苗字」
「あー…うん」

実は私、彼のことが好きだったりする。
誰にも言ってない内緒のことだけど、好きなんだ。

なんでこんなナルシスト好きになっちゃったのかなーって考えたことあるけど、やっぱり自信を裏付ける努力とか、確固たる理念とか、そういうのに惹かれてしまったのだろう。
案外簡単だなー。私も。東堂を好きになっちゃった女の子たちも。

「あのさ、東堂」

私は東堂の目の前にしゃがみこむ。
言う言葉は決めていたはずなのに、いざとなると恥ずかしい。

今日、東堂は何人にこの言葉を言われたのかなーとか、贈り物とかされたのかなーとか、そんな余計なことばかり頭に浮かぶ。

これじゃダメだと、私は唾を飲み込んだ。

「東堂」
「ん?本当にどうしたんだ。今日の苗字は落ち着きがないぞ?」

東堂は私の頬に触れ、顔を覗き込んでくる。
いきなりのことだからビックリしすぎて固まってしまった。

私は大丈夫だという旨を伝え、再び口を開く。

「東堂、今日」
「ん?」
「た、ん」
「た、ん?」
「誕生日、おめでとう!」

東堂は私の言葉を聞き、ぽかんと開口してしまった。
私はすごく恥ずかしくなって、取り乱したように立ち上がる。

「じゃ、じゃあ、それだけだから!!」

早口で捲し立てるように言い、彼に背を向けると、呼び止められてしまう。

恐る恐る振り返れば、東堂は口角を上げて笑っていた。

「ありがとう、苗字」

私だけテンパっているのが悔しくて悔しくて、私は手にしたストップウォッチを東堂に投げ付けた。