お兄ちゃん | ナノ


士季兄様はとても素敵なお方なのです。

お歳を召した父上に孝行するためにわずか四つで孝経を学び、それからも数多くの学問書を手にしてきた。
母上はとても厳格なお方だったが、士季兄様が優秀だったから、私は特に怒られることはなかった。士季兄様は私の身を案じ、勉学に励んでくれたのだろう。

しかしそんな兄様は、早熟で野心が強かったため、目上の方々から嫌われてしまっていた。
こんなにも素敵なお方なのに。
偉い方々は自分の都合が悪くなるようなことがあると、すぐその当人を排除しようとする。
とても醜く、哀れ。

そんな者に、蔑まれる兄様が見ていられなくて、だからこそ私は静かに彼の隣に寄り添った。

幼い頃私を助けてくれた兄様。
今度は私が兄様を助ける番。

私はどうやら美人であるらしく、兄様の立場の確立を条件に身体を差し出せば、偉い方々はこぞって群がってきた。

最初は激痛と喪失感に襲われたが、五回も肌を重ねればそれもなくなる。
私はただ、兄様の自由を買うためにに快楽を売った。

私の感覚は、徐々に鈍っていったのだと思う。

私が夜を重ねるたびに兄様の地位は確立され、策も評価されていく。私は闇からそれを見守れていれば幸せだし、兄様には気付かれなくてよかった。

でも、とっくに兄様は気付いていた。

「名前、もう馬鹿なことはするな」
「なんのことでしょうか」
「惚けるなよ。お前がお偉いさん方と情事を繰り返していることは知っている」
「さようですか」
「私を誰だと思っているんだ」
「士季兄様でございます」
「分かっているならもうやめろ」

なんとなく、士季兄様ならそう言ってくださるだろうとは思っていた。
兄様は昔からずっと、私には優しくて、回りくどい言葉を使いながらもちゃんと助けてくれたから。
だからきっと、情事を知ったら兄様を止めてくださる。分かっていたし、事実言われてすごく嬉しかった。

兄様は、いつになっても兄様なのですね。

「兄様、名前は兄様の糧になれて嬉しいのです」
「私は嬉しくなどない」
「これを気に、数多くの方が士季兄様の素晴らしさに気付けばいい とも思っております」
「気付かなくていい」
「兄様、理解者は必要ですよ」
「そんなもの」

兄様は私の腕を掴み、思いきり引っ張った。
気付けば私は兄様の腕の中。

「私の理解者など、お前以外には必要ない」

暖かい腕の中。
今まで私がやってきたことは、兄様にとってはとるに足らないことなのだと悟った。

私は何を失念していたのだろう。

「私は、未来永劫兄様と共にあります」

二人で幸せにならなければ、ならなかったのに。