お兄ちゃん | ナノ


「お兄ちゃん、今度はどこに行くの?」

私の兄であるベクターはバイクのエンジンを噴かし、股がる。
それに続いて私も股がった。

今私たちは人間としてこの世界を見て回っている。
遊馬たちが愛し、守った世界を。私たちを産み、育んでくれた世界を。
たった二人だけの家族で見て回るのだ。

悲しい前世も、バリアンだった過去も、全部全部水に流して、私たちは人間として生きていくのだろう。

「そうだな。今度は…北に行ってみるか」
「北かー。お兄ちゃんって目的が大雑把だよね」
「うるせぇ」

お兄ちゃんは柔らかくなった。
前世のお兄ちゃんほどではないけど、大分優しくなった。

バリアンの時は散々私をくず扱いしてたくせに。
どれほど私がお兄ちゃんの愛を欲していたか、きっとお兄ちゃんは分かってない。

それでも嫌いにはなれないなんて、キョウダイってやっぱりなにか非情で、頑強なものなんだと思う。

何があろうと、結局は家族なんだから。

「ほら、掴まれ」
「ん」

私は言われた通りにお兄ちゃんに掴まる。
するとお兄ちゃんは私の方をちらりと見て、それから溜め息を吐いた。

「そんな掴まり方じゃ落ちるぞ」
「わっ」

ぐいっ とやけに強引に腕を引かれた。
気付くと私の腕はお兄ちゃんの腰に回っている。抱き締めるような形になっていたのだ。

「お兄ちゃわぁああ!?」

流石にこれは恥ずかしいと抗議をするために呼べば、いきなりバイクは発進した。
思わず上ずり声があがる。

「ちょ、お兄ちゃん!行くなら行くっていってよ!」
「ギャハハハ!!エンジン噴かした時に悟れよ、名前ちゃぁん!」

お兄ちゃんは汚い笑い声を上げる。

でもそれはバリアンの時のような悲しい笑いでも、前世のような残虐な笑いでもない。
心からの笑いだ。

だから何も言えなくなってしまう。
ずっと見たかった笑顔なんだ。お兄ちゃんの、たった一人だけの家族の笑顔なんだ。
妹として、これ以上に嬉しいことはない。

バイクは勢いよく走り出す。私は振り落とされないように腕に力を込めた。

「お兄ちゃん!」
「あぁ?」
「二人でどこまでも行こうね!!」

風の音に掻き消されないように大声を上げる。するとお兄ちゃんは視線だけこちらに寄越し、当たり前だと口角を上げた。