朝日奈風斗
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「ねぇねぇ、名字さん」
「なに?」
隣の席に座る朝倉……いや、朝日奈風斗は本を読む私の顔を覗き込んでくる。
ついついそっちにいってしまいそうになる目線を必死に活字に縫い付け、実に興味がないように返事をした。
「今日さ、僕の誕生日なの?知ってた?」
「へー」
知らないわけない。
公式サイトでチェック済み。
なんていったって、私は朝倉風斗のファンなんだから。fortteの、というよりは、朝倉風斗単体のファンだ。
あの小生意気な感じがなんとも言えない。
そんな彼は、今や私の隣の席の同級生。いきなりのサプライズに最初はカメラを探したほど。
しかも、最初にカメラを警戒しすぎたせいで朝倉風斗にクールな対応をしてしまい、以来彼には「アイドルに興味がない文学少女」という位置付けにされてしまった。
その印象は簡単に壊せるものではなく、ファンということを隠したまま同級生を続けている。
本当は握手したいし、写真撮りたいし、サインも貰いたい。
それが出来なくなった原因でもあるあの頃の自分を殴りたい。素直にファンだと告げて、ミーハーになればよかったものを。今の方がミーハーよりうんと質が悪い。
きっと今まで隠してきたことがバレたら、嫌われてしまうのだろう。あからさまに避けて、関わらなくなると思うと、より言い出せなかった。
だって、どこかでこの状況を喜んでる自分がいるんだもん。
「それはおめでとう」
本当は声を大にしてお祝いしたい。しかし、今さらそんなことも出来ずに淡々と告げる。
去年は事務所宛に届けたプレゼント。今年は手渡しできるのに、出来ない。
「名字さん冷たいなー。僕、一応アイドルなんだけど」
「はいはい」
でも、少しぐらい近付いたって、バチは当たらないよね?
だって、先に寄ってきたのは彼の方なんだから。
私は本を閉じ、引き出しの中から包みを取りだし、それを彼に押し付けた。目は合わせない。
合わせたら多分、本気でお祝いしちゃうもの。
「え…?」
彼は恐る恐るといった様子で包みを受け取る。私はすぐに本を開いて、活字に目を縫い付けた。
「プレゼント。すごく細やかだけど」
浮いてしまいそうになる声を必死に押さえる。
私とプレゼントを交互に見ていた彼は、ファンサービスとはまた違った、自然な笑みを浮かべた。
「ありがとう!名字さん!」
こんな表情も出来るんだ。
誰も知らない素の部分を見れて、今、私の手は震えている。
あーもう。
ズルいよ。この国民的アイドルさん。
(生まれてきてくれて、歌を歌ってくれて、声をかけてくれてありがとう)
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