巻島裕介
─────---- - - - - - -
七夕の夜。俺はとりあえずベッドに寝転がり携帯を弄ることにした。
すると貯まっているメールの数々。日本にいる奴らからのお祝いメールだった。
今日は誕生日。19回目の誕生日。
イタリアで過ごすのははじめてだ。
これから何年も過ごせば、こちらで過ごすのが当たり前になるのだろうか。……それはちょっと虚しい気がした。
「おわっ」
そんなことを考えると携帯が震える。思わず取り落としそうになるのをなんとか防ぎ、画面を見ると名前からの着信であることを示していた。
電話、なんて珍しい。
電話ははじめてだ。こっちに来てから一度も電話したことはなかった。
俺はきっとこいつも誕生日を祝う言葉だろうと思い、応答ボタンを押す。耳に当てて出来る限り平常心で「もしもし」と口にすれば、日本の彼女はおそーいと声を上げた。
「なにっショ、いきなり!!」
『裕介、誕生日おめでとう!』
質問には一切答えないで名前は言う。まぁ、時間差があるから仕方ないけど。
でも、嬉しい。
「……まぁ、ありがとう」
『まぁとはなんだ、まぁとは…!!』
ぶすくれる名前が簡単に想像できて、思わず口角が上がってしまう。名前は前々から顔に出やすいタイプだったしな。
「で、それだけか?」
『ううん。実はね、報告があるの』
「………っ!?ほ、報告…?」
いつもはふざけている名前がやけに真面目に言うから、思わず詰まってしまった。
意味も無しに身構えてしまう。何でだ。何でこんなに心臓が痛い。
「な、なにっショ。本当に」
『あのね…』
名前は電話越しに何度も深呼吸をして、よしと決意を固めたような声を出す。
『私、尽八と付き合うことになったの』
あ。
そうか。痛みの原因はこれか。
俺が何も言えずにいると、ノイズまじりの名前の声が様子を伺ってきた。
「あ、いや、大丈夫。大丈夫っショ」
『本当に?』
「びっくりした、だけっショ」
本当はそれだけじゃない。
尽八が名前のことを好きなのは知っていた。なぜなら、俺は名前が好きだったから。
俺は学校が同じというだけで、尽八より勝っている気でいた。
ああ、こんなことになるならこっちに来る前に言っておけばよかった。
なんて仕打ちだ。
今日は誕生日で、七夕なのにさ。
『裕介にはちゃんと言っておこうと思って』
そんな気遣いいらなかった。
黙っていればよかったのに。
「そう、か…」
『うん』
「名前は……幸せなのか?」
『うん!』
そうか。
名前が幸せならば。
俺はもうそれでいい。
「大切にして貰えよ」
『うん!ありがとう!』
名前はそれだけ言うとバイバイと言い、通話を切った。
「……ショ」
神様も、織姫も彦星も。そんなものはいないのだと言いたい。
自分のせいにしたくないだけだってのは知ってるけれど。
(あの頃の自分に教えてやりたい)
←