教えてサムライボーイ | ナノ





‖支子


「貴女の名前は……」

私がうんうんと思案しているとニルス君に声をかけられた。「え?」と顔を上げれば、ニルス君は「すいません」と短く謝って言葉を続けてくれる。

「貴女の名前を教えてくださいませんか」

言われ、はっとした。そうだよね。一方的に知られているのは気味が悪いよね。私はいったん考えるのをやめ、自己紹介をするためにニルス君に身体を向ける。

「私は姫糀撫子です。イタリアから来ました」
「日本人……ですよね?」
「あ、いや、まぁ。色々ありまして、今はイタリアに住んでいるんです」
「ああ。すいませんミス撫子。事情がおありですよね」

まるで一線を引いているような曖昧な笑みを浮かべるニルス君に、不安になった。それは初対面だから何を話したらいいかなんて分からないだろうし、私も分からないけれど。やっぱりちょっと、面白くない。

「ミスはいりません。撫子と呼んでください」
「…では、撫子とお呼びします」

ニルス君はにっこりと微笑んで了承してくれる。流石はアメリカ人というか、やっぱりこういう耐性が着いているんだろう。私はどこか苦手かもしれない。それでも彼に声をかけたのは、憧れているからだろう。

近くで見ると、本当にかっこいい。私の目に狂いは無かったというか、正解だった。なんて、言い方は間違っているかもしれないけどそう思う。

「姫糀撫子……。綺麗な名前だ」

ぼそりと呟く声が耳を掠める。どきりとした。
私の名前が綺麗。
そんなこと考えたこともない。物心がついたときからイタリアにいたから、日本名はよく分からないのだ。ただ、両親がくれた名前だから、絶対に蔑ろにはしなかった。

そうか。私の名前は綺麗なのか。両親は、私に綺麗な名前を付けてくれたのか。
私の涙腺が緩む。しかし、ニルス君の前だ。流石に気絶の次に号泣はいただけない。初対面なのだから、退かれるだろう。それは避けなければ。

「ありがとう、ニルス君」

そう言えば、ニルス君は目を見開いて、それから笑ってくれた。

「いえ、感じたことを素直に申したまでです」

ニルス君のおかげで、私はまた一つ両親が好きになれた。
綺麗な名前。この姫糀撫子という名前を大切にしよう。きっと、ニルス君が綺麗だと言うのだから間違っていないのだろう。



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