![]() ‖瑠璃 携帯のバイブがけたたましく音を上げた。俺は直ぐ様バイクを路肩に停め、携帯を取り出す。誰からだろうと画面を見れば、撫子の字がある。 「どうしたんだ、あいつ」 電話なんてめずらしい。俺はイタリアにいるだろう少女の顔を思い出しながらボタンを押した。 「リカルドだ。どうした?」 『リカルド!出るの遅い!』 電話口での第一声がそれはどうなんだ。思うが口にしない。ガキの言うことに一々反応なんかしてられないからな。 俺は短く「はいはい」と流し、先を進めた。撫子は話の流れが変わったのを悟ったのか、一度溜め息を吐く。それから息を吸い込む音が聞こえた。 『あのね!私、日本に行くから!』 「おう。そうか」 『うん!』 「………………は?」 いや、驚いた。余りにも急すぎる発言に当たり障りの無い返答をしてしまった自分に呆れる。 だって……と、言い訳をさせてもらおう。 撫子は日本には行かないと言ったんだ。イタリア予選決勝が終わったあの日。「日本には私の力で行きたいんだ」って。俺はその言葉を聞いてしまったらどうしても反論できなくて、結局撫子は日本に来ないことになってたのである。 それがどうしてこんな、いきなり。 撫子にとって、日本とは特別な場所なんだ。 彼女には日本にいた時の記憶は無いらしいが、彼女の両親が愛した日本に憧れているらしい。 撫子の両親は飛行機事故で亡くなっている。 その時偶々父親の友人宅に預けられていた撫子は、そのままその友人の養女となり、今はその友人の仕事の都合でイタリアに住んでいる。 この話は小さい頃から撫子を知っている俺でも、去年に聞いたことだ。それほどこの件は撫子にとって重く、大切なことなのである。 それがなんで、いきなり、どうして。 電話越しの撫子の声はカラカラと笑った。まるで俺の動揺を汲み取ったかのようだ。いや、事実そうなのかもしれない。付き合いが長いからな、お互いのことは大概分かる。 『会いたい人がいるんだ』 やけに艶を帯びたその言葉にぞくりと肩が震えた。 それは、今まで自分が守って来たものを瓦解させてまで会いたい人なのか。俺の中で完結する。 こうなった撫子はダメだ。頑なに言うことを聞こうとしない。だから俺は、短く溜め息を吐く他なかった。 「義父には許可取ったか?」 『もちろん!』 「なら、空港に着いたらまた連絡しろ。迎えにいく」 『うん!すぐ行くから!』 正に即断即決。俺は、清々しいまでの行動力に感嘆を通り越して呆れた。 back |