![]() ‖紅梅 「お前、本当にイタリアに帰るのかよ」 はぁはぁと荒い息をするリカルドは、どうやら私の部屋まで走ってきたらしい。私は荷造りをする手を止め、入り口に顔を巡らせた。 激しく上下する肩に、思わず口角を上げてしまう。 「早かったね」 私がニルス君に告白し、リカルドに帰国する旨を書き記したメールをしたのはつい先ほどのことだ。まだ不思議な余韻がある内に、ここを離れてしまいたかった。厳密に言うと、ニルス君から離れてしまいたかったのだ。 リカルドは息を整え終わると遠慮も「お邪魔します」の挨拶もなく、部屋に入ってくる。なんとなく予想は付いていたから驚きはしないけど。 「お前、大切な日本に来てまで会いたい人がいたんだろ!?そいつとは……」 「会ったよ!…もう……会ってる…」 出会いは唐突だった。町中で会うなんて、誰が想像しただろう。そんなハプニングのせいで気を失ってしまったりもしたっけ。あの時はいっぱい迷惑をかけたな。 「なら、ほら、好きになった奴がいるんだろ…?そいつは…」 「会いたい人も好きになった人も同じ男の子……なんだよ」 ただの日本への憧れからニルス君に興味を抱いて、気付いたら彼を好きになっていた。短い時間の中でも、好きになるには十分なぐらいに、惹かれてしまっていた。 「私、その子に告白してきた」 「こく、はく……!?」 「ガンプラバトルも出来たし、幸せな時間を過ごせたし、好きになれたし、告白も出来たし。私はもう、いいよ。十分。これ以上、迷惑にならないようにしないと」 「誰がっ…!!」 がしりと肩を捕まれた。まるで握り潰すかのようにかかる圧力が痛い。リカルドの目は真っ直ぐに私を射抜いて、並べようとしていたご託を飲み込むしか出来なかった。 「誰が何時ッ! 撫子が迷惑だって言った!? お前は逃げてるだけじゃねぇかっ!!」 「っ…!!」 言葉が出ない。まったくその通りだ。自覚はあるつもりだった。私は逃げていると。だけど、今までそれを突き付けられることなく生きていたせいで、私にはひどく堪えた。なんと言ったら正解なのだろうか。 しかし、言葉を出す前に、正解を出す前に、涙が溢れ出た。 視界を歪め、頬を濡らし、ポタリポタリとカーペットに染みを作っていく。 「だって!こ、怖いんだもん……!!」 がくりと、膝から崩れ、床に座り込む。ガタガタと震える肩は、抱き締めるように両手で押さえた。その代わり、涙だけは止める術が無い。 「ふ、フラれたら、とか……、よそよそしくされたく、ないし! 私、逃げてるのッ!リカルドの言う通りだよッ!怖いんだッ!」 だからいいんだ。私はもう、答えなんていらない。彼に会えなくてもいい。私がただ彼を思えていたら、それで。 「ふざけんじゃねェッ!」 リカルドの怒鳴り声が、私の身体の震えを止めた。驚いて、一気に涙が引く。がばりと顔を上げれば、私を鋭く見下ろしてくるリカルドの顔が目に入った。 「そんな簡単に諦めれるような気持ちで、大切な日本に来るんじゃねェ…!!」 ズシリ。 そんな音がした。リカルドの声が、言葉が重い。彼とこんなに距離を感じたのははじめてだ。 ごめんね、リカルド。違うんだ。私は自分が壊れないように、支えようとしてたんだ。それだけなんだ。でもね、そんなこと言われたら否定するしかないじゃない。だって、違うんだもん。そんな、軽いものじゃあ、無いんだよ。 「諦めれるわけないでしょッ!」 私、ニルス君がすごく好きなんだ。 リカルドに指摘される以上に。自分が思っていた以上に。 彼が好きだと言えるよ。 back |