![]() ‖黄丹 「リカルド……」 その日私は、世界大会の選手が泊まっているホテルの一室。リカルドの部屋に訪れていた。 私はリカルドの応援という名目で日本にやって来ているので、特別に部屋を貰っている。手配してくれたリカルドには頭が上がらない。 ニルスくんもこのホテルに宿泊しているようだが、不思議とホテル内で会うことは無かった。 「どうしたんだよ、撫子。らしくないじゃねぇか」 「そうなんだよ。私らしくない……」 リカルドのベッドの上を転げ回る。余り暴れるな と釘を刺されているけれど、じっとはしていられなかった。 リカルドは机の上で何か作業をしているようだ。フェニーチェの調整かな。私もブロッサムかロゼッタの調整でもしようか。いつもはそう思って、すぐ行動に移すのに今日はどうもそんな気持ちにならなかった。調整するのはやめにしよう。もしボーッとして壊したり怪我をしたりしたら笑えない。 「………だな、今日のお前、おかしいぞ?」 リカルドは手にしていたフェニーチェを机に置くと席を立った。彼はそのままベッドに腰かける。それからまた問いかけてきた。 「なんかあったなら言ってみろよ」 「でも……」 「俺とお前の仲だろ。今更らしくない遠慮なんかするなよ」 それもそうだ。らしくない。既にらしくないことをしてるのに、遠慮なんかしたらまた私が私じゃなくなっちゃう。 だからと言って、簡単に言えた内容じゃない。 恋の悩みなんて……それこそ私じゃないみたいじゃないか。 「うう……リカルドぉ…」 「そんなに言い難い内容なのか?」 「今世紀最大級」 「マジか」 「……少し言いすぎた…」 流石に今世紀最大級は言いすぎたな。まぁ、でも、それに準ずる言い難さ。 この伊達男が。経験豊富なリカルドが。笑わずに聞いてくれるだろうか。……いや、多分笑う。きっと笑う。絶対笑う!! 「……リカルド…」 「なんだ?」 「笑わないって誓ってくれる?」 「は?」 「いいから誓って」 「ど、どうしたんだよいったい」 「早く!神でもフェニーチェでもなんでもいいから!」 「分かった分かった!誓う!笑わない!フェニーチェに誓って!」 よし。これで一応予防は出来た。…あくまでも予防だけど。しないよりはましだろう。てゆうか、フェニーチェに誓うんだ。私、冗談で名前を挙げたのに。愛されてるね、リカルドの相棒は。私もブロッサムとロゼッタを愛しているけども。 「よし、じゃあ、言うよ……?」 「お、おう……」 どこか張り詰めた空気の中。私は精一杯息を吸い込んで、吐き出したそれに音を乗せた。 「わ、私、好きな人が出来たの」 数秒の空白。 部屋中に大爆笑が轟いた。 笑わないって誓ったくせに。リカルドのバカ。 back |