![]() ‖蘇芳 今日の彼女はどこかおかしかった。彼女とは、姫糀撫子のことである。最近町でよく会う、日本人の少女だ。 いつもの彼女なら、僕を見かけたらすぐ声をかけてくれるだろうに。いや、といっても、そんなに何度も会っているわけではないのだが。でも、今日の彼女は明らかに前とは違った。 僕と目が合った瞬間、一目散にどこかに走り去ってしまったのだ。 仲良くなれたと思っていた僕にとっては、それがショックで、その場に何分も佇んでしまった。だから、追いかけなければ と思った時にはもうどこに行ったのかが分からなくなっていた。 僕が何かをしてしまったのだろうか。彼女に嫌われるようなことを?避けられるようなことを?ダメだ。思い浮かばない。 いや、違う。思い浮かべたくないだけだ。僕が彼女に嫌われたなんて、避けられているなんて、信じたくないだけだ。 いつの間に僕は、こんなに彼女に深入りしていたんだろう。 あの笑顔が側にないと落ち着かない。こんな風に思うのは、なぜだろうか。 考えてもキリがなくて、僕はホテルに戻ることにした。観光する気にはなれない。部屋でアストレイの調整でもしよう。 そう決めて、ホテルに向け足を踏み出すことにした。 「ニ、ニルスくん……?」 「!?」 ホテルのエントランスに足を踏み入れた瞬間。僕は名前を呼ばれ、思わずそちらに首を巡らせた。 そこに立っていたのは、呆然と両目を見開いた撫子だ。 僕の思考が「見つけた」と声を上げた。 「……っ!」 しかし、撫子は素早く身を翻し、町で見かけた時のように走り出してしまう。今度こそは行かせないと、僕も駆け出した。基本は頭脳派の僕だが、体力には自信がある。これでも日本武道には精通しているのだ。母の教えのお陰でね。 「撫子!なぜ逃げるんですか!」 「っ…!! や、やだっ…!!来ないでください!」 「そんなことを一方的に言われても納得できませんっ!」 幸いにも、撫子の足はそれほど早くはない。いや、普通の女子よりは大分早いのだが、追い付けないほどではない。これなら、すぐにでも撫子を捕まえられるだろう。 「な、なんで追いかけてくるんですか…!!」 「逃げるからです!では、貴方はなぜ逃げるんですか!?」 僕が声を荒げると、彼女の勢いは削がれ、スピードが格段に落ちた。その隙に彼女の腕を掴む。離さないように。逃がさないように。 「わ、私…」 彼女は僕を見据えると、口を開いたり閉じたりを繰り返しはじめた。何かを言いたいのか言いたくないのかが分からない。 きっと彼女は今思っていることを言葉にしたいのだと思う。でも、何かが……例えば恐怖や怯えがそれに歯止めをかけているのだろう。どうしたら彼女は言ってくれるのだろうか。 なぜ彼女がホテルにいたか という根本的疑問より、そちらの方が気になる。 「撫子……」 「ダ、ダメ……無理。嫌。やだ…」 彼女はボソボソと呟きながら首を振る。歯痒い。彼女が何かを抱えているのは分かった。それを僕に打ち明けるのは難しいかもしれない。でも、力になりたい。 数日しか顔を合わせていない彼女に、このようなことを思うのは普通ではないだろう。それでも構わないから。頼ってほしい。 素直に、そう思えた。 「ならば撫子。提案です」 「てい、あん?」 今簡単に言えないのならば、きっかけを作ればいい。それがどんなきっかけでもいい。彼女の原動力になるのなら。 「僕と、ガンプラバトルをしてください」 back |