教えてサムライボーイ | ナノ





‖鳶


僕は目の前で倒れた少女を抱え、近くの公園に訪れた。公園には平日の昼間だから人気がない。僕は少女をベンチに寝かせ、しばらく様子を見ることにした。救急車を呼ぼうとも考えたが、別段顔色が悪いわけでも、脈がおかしいわけでもないのでやめた。

なぜ、彼女は僕のことを知っているのだろう。興味をひかれたが、起こすわけにはいかない。目が覚めるまで待った方がいいだろう。
僕は乾く喉を感じ、財布を取り出す。彼女が目覚める前に自動販売機でジュースでも買っておこうか。僕は一度ちらりと少女を見やり腰を上げる。少しの時間なら寝かせておいても大丈夫だろう。

ジュースを買って戻ると少女は目覚めたようだった。そんなに長い間は気を失っていない。やはり、なんらかの病気ではないらしい。持病持ちだったりしたら笑えなかったからな。

彼女は姫糀撫子と言うそうだ。純粋で綺麗な日本名。僕が素直に「綺麗だ」と言葉に出せば、彼女はどこか涙ぐんで、でもすぐに笑った。その顔が、余りにも綺麗で言葉を失う。ああ、なんというか、僕もアメリカ人なのだと実感する。初対面の人に綺麗だとか、可愛いとか、軽いだろうか。だが、確かに今の彼女の、撫子の笑みはそう思わせるものがあった。

ふと、そこで思いだした。
そうだ。初対面なのだ。今は彼女が起きている。今こそ聞くときだろう。なぜ僕のことを知っているのかを。

「撫子。一つよろしいでしょうか」
「はい。どうしました?」

撫子は上品に笑う。イタリアに住んでいるらしいが、やはりどこか日本人である。
僕は彼女に問うために口を開いた。

「撫子、貴女はなぜ僕の名前を?」

聞くと、彼女の肩が揺れる。なんというか、あからさまな反応だ。何かあるらしい。
撫子は言いにくそうに視線を下げ、ぼそりぼそりと言葉を吐き出しはじめた。

「えーと、実は私はガンプラバトルが大好きで、たまたま見ていたアメリカ予選でニルス君を見かけたんです。それで、その………」

なるほど。と納得する。それなら僕の名前を知っていたのも分かる。僕的にはそれだけでも理由としては十分なのに、彼女はまだ言うべきことがあるらしい。

「じ、実は、私は日本に憧れておりまして。その、サムライボーイと呼ばれたニルス君にも憧れてしまい、日本まで会いに来たんです!」

「気持ち悪くてごめんなさい!」撫子は捲し立てるようにそう言うと、顔を真っ赤にして走り出した。止める隙なんてあったものじゃない。

「僕、に?」

彼女は言った、僕に会いに来たと。気持ち悪くなんかない。確かに初対面だが、なんとなく彼女が悪い人では無いことが分かったのだから。

いやいや、そんなことより。なんだこの恥ずかしい気持ちは。

僕は手にしていたジュースを飲み干し、立ち上がる。ホテルに帰ろう。頭が熱い。熱があるかもしれない。早く帰って早めに寝よう。それがいい。なぜか、眠れそうに無いけれど。

撫子。姫糀撫子。
彼女とは、また会う気がした。



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